会社が倒産したら特許はどうなる?~全樹脂電池ベンチャー知財戦略の失敗~

目次

はじめに

2025年4月24日、次世代型リチウムイオン電池「全樹脂電池」製造ベンチャーのAPB(本社福井県越前市庄田町)が破産手続き開始決定を受けました。負債は約34億8500万円とのことです。

ベンチャーやスタートアップでも、特許を出願することは推奨されます。特許がないと投資しないと言っているVCもありますし、特許を保持していることはIPOの要件にもなっています。特許はガバナンスてきにも重要な要素です。APBもこれらの基準に従って知財戦略を立案していたと思いますが、この戦略は最終的に失敗に終わります。

APBは、創業当初に大量の特許出願を行い巨大ポートフォリオを築いましたが最終的には破産しました。特許は出願すればいいというわけではなく、出願した特許を取り巻く技術の展開、製品の販売、キャッシュフロー、ガバナンスなど、知財戦略以外の戦略が必要になります。こうした全体最適の確保がうまくいかなかった典型例でした。

APBは、一体どのような知財戦略をとっていたのでしょうか?また破産後の特許はどのように管理されるのでしょうか?このふたつに着目してまとめてみました。

帝国データバンク、東京商工リサーチ両福井支店によると、次世代型リチウムイオン電池「全樹脂電池」製造のAPB(本社福井県越前市庄田町、大島麿礼社長)は4月24日までに、福井地裁へ自己破産を申請し、破産手続き開始決定を受けた。負債は約34億8500万円。

 日産自動車の電気自動車「リーフ」のリチウムイオン電池の研究開発を手がけた堀江英明氏と、ベンチャーキャピタルの合弁で2018年設立。リチウムイオン電池の主要な構成要素である集電体を、金属ではなく樹脂に置き換えた全樹脂電池の研究・開発・製造を行っていた。

出典:ヤフーニュース

APB(全樹脂電池ベンチャー) が倒産に至った主因と経緯

APB(全樹脂電池ベンチャー)が倒産に至った主因と経緯について下表にまとめました。

区分内容情報源
① 量産化の遅延とコスト超過2021 年に福井工場を稼働したものの、歩留まりが上がらず販売実績はほぼゼロ。研究開発費と設備投資だけが積み上がり、24 年3 期まで 5 期連続赤字(24 期:▲9.6 億円)株式会社東京商工リサーチ
JC-NET
② 資金調達の行き詰まり18–23 年に累計約 88 億円を調達したが、追加ラウンドは不調。24 年 11 月の DIP ファイナンス(更生手続き中の運転資金)調達が頓挫 し、メインバンク系投資会社による会社更生申立ても取り下げに。株式会社東京商工リサーチ
株式会社東京商工リサーチ
③ 経営権争いによるガバナンス混乱創業者・堀江英明氏の解職(24 年6 月)を機に取締役会と株主の対立が激化。決裁遅延で仕入れや補助金是正対応が滞り、取引先・金融機関の信頼を失った株式会社東京商工リサーチ
④ 公的支援の打ち切りと補助金返還NEDO の 75 億円助成、県・市補助計 5 億円が 24–25 年に相次いで交付取消し。補助金返還義務と滞納税で資金流出が加速。福井新聞ONLINE
株式会社東京商工リサーチ
⑤ 従業員リストラと操業停止25 年2 月に 全従業員へ退職勧奨を通知、4 月末まで休業を告知。人的リソースが途切れ、受託開発や量産検証も停止。株式会社東京商工リサーチ
テレ朝news
⑥ ファイナンス・マクロ環境EV 市場の投資選別が厳しくなる中、全樹脂電池の性能・コスト優位がまだ検証段階であったことも投資家の資金引き揚げを招いた。Reuters Japan

APB の破綻は

  • 技術の量産化ハードルが予想以上に高かった
  • 巨額先行投資をカバーする追加資金を確保できなかった
  • 経営権争いで意思決定が麻痺し、公的・金融支援も離れた

――という 「量産リスク × 資金ショート × ガバナンス崩壊」 の三重苦が決定打でした。

APB の日本国内での特許出願公開件数

出願公開件数備考
2025 年(途中)6 件1〜4 月に公開された分のみ。破産手続き開始後も、既出願分が順次公開されている。
IP Force – 知財ポータルサイト
2024 年29 件量産プロセスや電極材料まわりの改良特許が中心。
IP Force – 知財ポータルサイト
2023 年66 件公開件数のピーク。樹脂集電体・バイポーラセル構造・製造装置などに幅広く出願。
IP Force – 知財ポータルサイト
2022 年73 件ウェットプロセス装置やセルモジュール関連が多数。
IP Force – 知財ポータルサイト
2021 年44 件初の製造ライン稼働に合わせ、樹脂集電体の基本特許群が公開。
IP Force – 知財ポータルサイト
2020 年2 件R&D 初期の導電性樹脂に関する基礎出願。
IP Force – 知財ポータルサイト
2019 年以前0 件会社設立(2018 年)直後で出願なし。
IP Force – 知財ポータルサイト

※IP Force の「○年の出願公開○件」欄を採用(共同出願を含む公開公報ベース、重複ファミリーを除かず)

日本公開ベースで約220件の特許ポートフォリオを築いたものの、資金難・ガバナンス混乱で維持年金の支払いが追いつかず、一部は失効しました。核心部分は共同特許として存続し、APBの持分がどこへ移転するかが今後の焦点です。

APB が大量に特許を出願しポートフォリオを築いた理由

上記のとおり、APBの特許出願件数は国内で合計220件とかなり多く、一般的なベンチャーの特許出願件数4〜5件/年を桁違いに上回っています。これには以下の理由が考えられます。

理由具体的な動機・背景補強データ/一次情報
① 競合を入口で塞ぐ「パテント・モート」全樹脂電池という未成熟市場で 大手電池メーカーや中国勢のフォロワー参入を防ぐ ため、セル構造 → 材料 → 製造装置まで ― いわゆる「周辺特許」を含む 囲い込みパック を構築。2023 年3月のプレスリリースで創業者堀江氏自ら「数百の特許を保有」と強調し、技術優位をアピール
APB株式会社
② ライセンス&ライン販売ビジネスの「担保」APB はサンプル電池より「高速製造ライン+ライセンス」を丸ごと供給 するビジネスモデルを描いていた。ライン販売でロイヤルティを取るには 工程ごとに権利で紐を掛けておく 必要がある。IP Force 統計で 2023 年単年 公開51件(ベンチャー平均の約10倍)を記録し、装置・プロセス発明が半数を占める
IP Force – 知財ポータルサイト
③ 補助金・投資家向けKPINEDO 助成など公的資金では「出願件数が評価指標」となるため、ラウンド資金+補助金を続けてもらうには 毎期“数字”を示す 必要があった。NEDO 助成事業マニュアルには「特許出願がなければ評価は非常に低くなる」と明記
NEDO
④ 共同出資者(三洋化成など)との「権利分担」コア素材は三洋化成と共同研究。共有特許にしておけば一方的に権利を売られないため、パートナー企業にとってもリスクヘッジ。結果として 共同出願+APB単独出願が雪崩式に増えたTSR インタビューで現社長が「根幹特許は全て共同名義。勝手に売れない」と言及
株式会社東京商工リサーチ

上記から読み取れること

  1. 技術が革新的で市場が未整備のほど、特許は「攻守」両面で外堀になる
  2. 補助金・投資家からの資金調達を継続するには「知財 KPI」が説得力を持つ
  3. 共同研究の場合は「共有特許」でロックイン効果を得られるが、破綻時は処分が難航(今回まさに顕在化)
  4. 大量出願=維持費負担。量産遅延でキャッシュが細ると年金未納→権利失効リスクが一気に高まる(APBは海外権利で既に発生)。

こうした「量産前の特許ラッシュ」は資金調達には効くものの、キャッシュフローと歩留まり改善が同時に回らないと持続不能になる――APBの事例はその典型例と言えます。

APBが留意するべきだったポイント

それでは、APBはベンチャーとして、どのような技術経営戦略をとるべきだったのでしょうか?

教訓なぜ重要だったか今後の示唆
1. 量産前に「製造難易度」を正しく見積もるパイロットで歩留まりが見えない段階でフルスケール工場(80億円)を建設し、改善フェーズが長期化。研究設備→パイロットライン→量産の段階投資を徹底。初期ラインは「減価償却ではなく学習用」と割り切る。
2. 資金調達ストーリーに「次のマイルストーン達成条件」を明示追加ラウンドの投資家が「技術の実用性・顧客 traction が不透明」と判断し資金が止まった。量産歩留まり・顧客PO・認証取得など、定量 KPI を区切って段階調達する。
3. ガバナンス不全は技術より速く会社を殺す創業者解任→取締役会分裂で意思決定が停滞。仕入れや補助金対応が止まり信用失墜。株主間契約・取締役任免ルールを早期に整備し、「技術よりガバナンスの健全度」を先に点検。
4. 共同特許は「出口戦略」まで設計するコア特許がパートナーとの共有だったため、破産後も処分が難航し資産換価が遅延。共同出願の場合は「持分譲渡やライセンス権限」の事前合意を条文化し、金融機関にも開示。
5. 公的支援は頼るものではなく「箔付け」にすぎないNEDO・自治体補助が打ち切られた途端に資金繰りが崩壊。補助金は「初期20〜30%」のブースターと定義し、運営費は顧客売上か自社資本で賄う設計を前提にする。

APBのケースは、「技術ポテンシャル ≠ 事業の持続可能性」を痛烈に示しました。
製造スケールの読み違え・資金とKPIのミスマッチ・ガバナンス設計の遅れが重なると、革新的な技術でも市場に届く前に失速します。ハードテック/ディープテックを手がけるスタートアップや投資家は、“量産システム・資本システム・組織システム”の三位一体
でリスクを設計することが生存の鍵となります。

会社が破産したとき、特許はどう扱われるか ―― 日本法を中心にした整理

会社が破産した場合、その会社が持っていた特許はどうなるのでしょうか?知的財産は「財産」ですので、会社の財産として扱われます。ステップごとにまとめました。

ステップ何が起こるか
1. 破産財団に編入破産開始決定が出ると、特許権や出願中の権利は 「破産財団」(破産法21条) に自動的に組み込まれ、破産管財人が管理処分権を持つ
2. 管財人が価値を査定評価会社や専門弁理士を起用し、
①ライセンス収入見込
②売却可能性
③年金コストを算定。
価値が低い権利は「放棄」判断もあり得る。
3. 売却・譲渡には裁判所許可が必須任意売却(事業譲渡・ライセンシングを含む)は 破産法93条・78条2項2号による裁判所許可 が要件。許可書を添付して特許庁へ移転登録を申請する。
4. 共有特許は“他の共有者の同意”が壁特許法73条:共有持分の譲渡には他の共有者全員の同意が必要。同意が得られないと、管財人は共有物分割訴訟や持分買い取り交渉を検討することになる。
5. ライセンス契約の扱い破産手続き開始後も、既存の非独占的ライセンスは原則有効(対抗要件があれば)。独占ライセンスは双務未履行契約として、管財人が解除を選ぶ余地がある。
6. 海外特許・PCT出願海外権利も破産財団に入るが、各国で年金未納=自動失効。換価対象にするなら各国代理人を通じ迅速に年金を納付する必要。
7. 結果シナリオ(a) 事業譲渡・スポンサー型再建:特許一括譲受+ライセンスで存続する例が最多。
(b) 部分売却:価値がある特許だけ第三者へ売却、残りは放棄。
(c) 年金未納で消滅:買い手が付かず放置 → 公知化。

実務で注意すべきポイント

1. デューデリジェンスの早さが命

買収候補企業は、年金期限・共同所有者の同意見通しをいち早く確認しないと「失効」や「同意待ち」で計画が頓挫する。

2. 共同特許は事前契約で出口を設計

持分譲渡・ライセンスの決定権を「事前に共同出願人間で条文化」しておくと、破産時でも資産価値を損なわずに済む。

3. ライセンシー側も登録で対抗要件を確保

独占ライセンスは特許原簿に登録しておくと、管財人による一方的解除を防ぎやすい。

まとめ

  • 破産後、特許は自動的に破産財団へ入り 管財人が“裁判所許可+特許庁手続き”で処分
  • 共有特許の同意要件年金コスト が、売却を難しくする2大要素。
  • ライセンスは基本存続するが、契約形態や対抗要件の有無で取り扱いが分かれる。
  • したがって 「特許を資産として最大化できるか」は、破産前の契約設計と権利維持方針に大きく依存する――これがIP実務と倒産実務の交差点における最大の教訓です。

APBの破産後、特許はどうなったか

APBは220件もの特許を抱えたまま破産しました。会社が破産した場合、特許はどうなるのでしょうか?

区分件数主な帰属先現在の取扱い状況今後のシナリオ
① コア技術特許
(電極・セル構造など)
約40件Sanyo Chemical × APBの共同特許+Sanyo Chemical単独特許共同所有のため、破産管財人が単独で譲渡・売却することは不可。Sanyo Chemicalが権利持分を保持し、ライセンス条件を再整理中。
株式会社東京商工リサーチ三洋化成 –
Sanyo Chemicalが自社開発を続行するか、他社にサブライセンス。APB持分をSanyo側が買い取る可能性が高い。
② 製造プロセス・装置関連のAPB単独特許50件弱APB(破産財団)所有権は破産管財人(寺田昇市弁護士)が管理。4月下旬に資産評価手続きを開始し、6月の債権者集会で売却方針を報告予定。
株式会社東京商工リサーチ
一括売却(オークション型)か、維持年金未払いで自動放棄。維持費の初回期限は23 年出願分で25 年7 月。
③ 海外出願分
(PCT→US/EU/中国など)
約30件APB / 共同出願24 年から維持年金の滞納が始まり、US・EP・CNなどで複数件が既に失効販売対象となる件数は減少傾向。残存権利は①②とセットでパッケージ化する可能性。

※件数はJ-PlatPat・PCT Gazette に基づく概数(同一発明のファミリー重複を除外)

まとめ

破産すれば特許は単なる法的資産ではなく、換価・債権回収の手段として厳格に扱われます。
しかし 共有構造・年金コスト・裁判所許可 といった要素が絡むと、価値を現金化できずに失効・公知化するケースも少なくありません。
したがって 破産前の契約設計とIPマネジメントが、最終的な資産価値と再活用可能性を左右する――これがAPB事例が教える最大の示唆です。

本記事は、一部にChatGPT o3 を利用して作成しています

IPアドバイザリーは、中小企業やスタートアップの支援実績が豊富な弁理士と連携し、地域の企業の知財経営のお手伝いをしています。知財経営に興味がある企業様、知財活動を導入したい企業様は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

株式会社IPアドバイザリー
石川県野々市市にて特許関連の各種業務を行なっています。販路開拓や知財コンサル、特許翻訳のことなどどうぞお気軽にお問い合せください。
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