大同工業×椿本チエイン、大同工業×リンテックス、大同工業×トピー工業

大同工業によるリンテックスの事業買収
2026年に同業大手の椿本チエインの傘下に入る予定である大同工業が、ホイール大手のトピー工業傘下のリンテックスの農業機械用ホイール事業を買収するという報道がありました。大同工業といえば、石川県内でも有数のニッチトップ企業であり、さらに100年続く老舗企業です。椿本チエインとのM&Aのニュースを聞いて、驚くとともにさみしいと感じた人もいることと思います。筆者もそのうちの一人ですが、椿本チエインとのM&A直前に、リンテックスを事業買収するというニュースがあり、さらに驚きました。
リンテックスは、ホイール大手であるトピー工業の傘下にもあるため、各統合により、これらの4社がどのような影響を受けるのか気になったので、事業面、知財面などから整理してみました。
大同工業、農機用ホイール事業を買収 岡山のリンテックスから
大同工業は26日、ホイール大手のトピー工業傘下のリンテックス(岡山県倉敷市)が手掛ける農業機械用ホイール事業を買収すると発表した。2026年3月31日付で取得する。大同工業は二輪車チェーンが主力だが、農機や産業車両向けのホイールも手掛ける。事業取得でホイールの一貫生産を可能にし、効率的な製造体制を整える。
事業取得でホイールの一貫生産を可能にする
取得額は非公表。大同工業のホイール事業にはない塗装工程をリンテックスは手掛けており、大同工業は自社で製造を完結できるようになる。両社の生産拠点でサイズの異なるホイールをそれぞれ製造できるよう生産工程を移管することなども検討する。大同工業は1933年に自転車用チェーンで創業した。2025年3月期の売上高は575億円で、ホイール事業の売上高比率は1%未満という。大同工業は「(事業取得が)連結売上高に与える影響は軽微」としている。同社は12月29日に上場廃止となり、同業大手の椿本チエインの傘下に入る予定。
大同工業、椿本チエイン、リンテックスの統合の整理
まず、実際に統合する3社(大同工業、椿本チエイン、リンテックス)の統合内容と関係性について簡単に整理しました。
| 組み合わせ | 関係 | ねらい |
| 椿本チエイン×大同工業 | 水平統合 (同業再編) | どちらも主力はチェーン(動力伝動・コンベヤ/二輪・産業用)で、サプライチェーンの「同じ階層」にいる。川上/川下の関係ではなく、製品・市場が重なる同業同士の統合=シェア・開発・調達・生産のスケール効果を狙う型。 |
| 大同工業×リンテックス(塗装) | 垂直統合 (工程内製化) | 大同のホイール事業に無かった塗装工程を取り込むことで、一貫生産化(川上~川下の工程統合)を進める打ち手。こちらは垂直の色が濃い。 |
トピー工業については、非中核の一部(農機用ホイール製造の一角)を切り出し→中核領域へ選択と集中、という流れになります。
大同工業、椿本チエイン、リンテックス、トピー工業の知財業務の流れ
4社間で想定される知財実務の一例を時系列で整理しました。
リンテックス
- 農機ホイール事業に必要なIP(特許・意匠・商標・図面・塗装ノウハウ等)を選別。
- 共同出願・親会社名義分の同意・ライセンス手当を整理。
トピー工業
- 中核ホイール系の基本特許は維持。農機に限るクレームが含まれる場合は、大同向けにフィールド限定実施権を準備、または分割出願→対象分を移転の方針を検討。
大同工業
- 受け入れ対象IPのFTO(自由実施性)点検、塗装工程の営業秘密パッケージ受け入れ準備。
椿本チエイン
- 子会社化後を見据え、ポートフォリオ統合計画/相互不実施枠組みを設計。
リンテックス → 大同工業
- 農機ホイールに必要な特許・意匠・商標の名義変更登録(日本+ファミリー)。
- 塗装方法・治具仕様・QC基準など秘密情報の引継ぎ。
- 必要に応じて移行期ライセンス(TSA)で一時運用。
トピー工業 ↔ 大同工業
- フィールド/地域限定ライセンス、または一部特許の持分移転で干渉回避。
- 相互に逆ライセンス(クロス・不実施)を設定する場合あり。
椿本チエイン
- グループ基準で年金負担・係争対応・国際出願の運用を切替。
大同工業
- 取得IP+自社既存特許で一貫生産(塗装含む)のFTOを確保。改良・治具・塗装条件で継続出願を展開。
トピー工業
- 中核(自動車・商用車等)領域に集中。不要領域はスリム化/限定ライセンスで収益化。
リンテックス
- 譲渡対象IPは放出済み。残存事業のIPのみ運用、または再編へ。
椿本チエイン
- 大同の取得資産を含めたグループIP統合管理:重複の整理、主要国での早期権利化/PPH、相互不実施による開発自由度の確保。
4社の企業情報と特許出願状況
大まかには上記の流れが想定されますが、具体的にこの4社はどのような会社で、どのような特許出願をしているのか、見てみたいと思います。
以降で紹介する特許出願のグラフでは、各社の特許出願について、特許出願件数(左)と特許維持件数(右)で別々に抽出しました。さらにこのグラフを、出願年(縦軸)と技術(横軸)で整理しました。日本において1995年以降に出願された特許を対象に抽出しています。各グラフは、クリックすると大きくすることができます。使用ツール:Patentfield

企業情報と特許出願:椿本チエイン
椿本チエインの企業情報
| 主力事業・製品 | 産業用チェーン、搬送システム、自動車用チェーン 等 |
| 関連拠点・領域 | グローバル展開 |
| 会社規模 | 売上高:2,791億円(FY2024)、従業員数:8,768人(2025/3/31) |
| 本件における位置づけ | 親会社(予定)。大同をグループ化し、IP/調達/生産のグループ最適を主導 |
| 知財の焦点 | グループのIP統合管理、相互Non-assert/クロスの設計、主要国での早期権利化・係争対応の「傘」 |
椿本チエインの特許出願

椿本チエインの特許出願件数 6727件(出願年×技術)

椿本チエインの特許維持件数 927件(出願年×技術)
企業情報と特許出願:大同工業
大同工業の企業情報
| 主力事業・製品 | 二輪車用チェーン(主力)、産業用チェーン、ホイール(農機・産業車両など) |
| 関連拠点・領域 | 国内外にチェーン・ホイール生産拠点 |
| 会社規模 | 売上高:575億円(FY2025)、従業員数:2,454人(2025/3/31) |
| 本件における位置づけ | 買い手。リンテックスの農機用ホイール事業を2026/3/31に取得予定。将来は椿本チエインの子会社予定。 |
| 知財の焦点 | 取得対象のホイール系特許・意匠・商標+塗装工程のノウハウを取り込み、一貫生産のFTOを確保 |
大同工業の特許出願

大同工業の特許出願件数 1318件(出願年×技術)

大同工業の特許維持件数 105件(出願年×技術)
企業情報と特許出願:リンテックス
リンテックスの企業情報
| 主力事業・製品 | 農業機械向けホイール(塗装工程を保有) |
| 関連拠点・領域 | 岡山県倉敷市 ほか |
| 会社規模 | 売上非開示(参考:58.8億円=2018年の子会社化時点の売上)、従業員数:81人(2024/4/1) |
| 本件における位置づけ | 売り手。農機用ホイール事業を大同へ譲渡 |
| 知財の焦点 | 譲渡対象の特許・意匠・商標と塗装レシピ/治具など営業秘密を目録化→移転 |
リンテックスの特許出願

リンテックスの特許出願件数 100件(出願年×技術)

リンテックスの特許維持件数 4件(出願年×技術)
企業情報と特許出願:トピー工業
トピー工業の企業情報
| 主力事業・製品 | 自動車・商用車向けホイール、特殊鋼・鋳造 等 |
| 関連拠点・領域 | 国内外ホイール工場 |
| 会社規模 | 売上高:3,006億円(FY2024)、従業員数:5,340人(2025/3/31) |
| 本件における位置づけ | 親会社(売り手側)。農機の一部を切り出し、中核ホイール領域へ選択と集中 |
| 知財の焦点 | 中核特許は維持。農機向けで必要な範囲は限定実施権付与または一部移転で整理。ポートフォリオスリム化 |
トピー工業の特許出願

トピー工業の特許出願件数 3484件(出願年×技術)

トピー工業の特許維持件数 687件(出願年×技術)
立場ごとのシナジー効果
大同工業/椿本チエイン/リンテックス/トピー工業の組み合わせで生まれると予想されるシナジーの一例を、コスト/収益/技術・IP/供給網の4視点+実行プランで整理してみました。
| 組み合わせ | コスト(原価/在庫/稼働) | 収益(価格/受注/付加価値) | 技術・IP(面展開) | 供給網(納期/品質) |
| 大同 × 椿本(親子) | 共通部材・治具の共同購買、生産設備の相互バックアップ | グローバル顧客へクロスセル(搬送システム×ホイール/チェーン) | 相互不実施/クロスで開発自由度↑、主要国で早期審査共通運用 | 海外拠点の相互補完出荷、BCP二重化 |
| 大同 × リンテックス(事業取得) | 塗装内製化で外注費↓、段取り短縮で歩留まり↑ | 小ロット対応力↑→農機OEMの型番拡張、塗装グレード差別化で単価↑ | 塗装条件・前処理・治具を改良特許で囲う | 一貫生産でLT短縮、品質窓口一本化 |
| 大同 × トピー | 設備・金型の相互利用(非競合領域) | 共同提案(自動車・オフハイウェイ向け)で受注確度↑ | フィールド限定ライセンスで干渉回避しつつ用途展開 | 需給ピーク時の相互補完生産 |
| 椿本 × トピー | 鋼材・塗装材料の共同購買検討 | 海外顧客への連名アプローチ | 競合領域は線引き、標準化・規格対応で共同戦略 | 物流ハブの共同最適(海上/内陸) |
リスクと対処方法
一方で、統合によって生じるリスクにはどのようなものがあるでしょうか。対処方法とともにまとめました。
- カニバリ/干渉:フィールド・地域で線引きし限定実施権を標準化。
- 秘密情報の漏えい:アクセス権限・ログ監査・退職時誓約。
- 係争・無効:表明保証/補償+監視(異議・無効)で予防。
- 名義変更の遅延:家族国含むスケジュールと年金切替日の明確化。
まとめ
今回のリンテックス事業買収は、大同工業という企業が今後、椿本チエイン傘下の非上場会社として、より筋肉質で効率的な事業体へ変革していくための、着実な一歩であると評価できます。
買収自体が連結売上高に与える影響は軽微であるため、株式市場の観点から見れば、このニュース単体よりも椿本チエインとの統合後の具体的な成果の方がはるかに重要となります。

