石川県の企業の多角化事例~ニッコー株式会社の半導体基板~

はじめに
昨今の情勢により中小企業がますます窮地に追い込まれています。各社の社長さんの声を聞いていると、なんとも辛い気持ちになります。どうすれば辛い状況を抜け出すことができるのか、IPアドバイザリーでも常々考えています。
中小企業が検討するべき挑戦として、「多角化」が挙げられます。どの産業に多角化すればいいのか?というのは難しい問題です。一般に、「市場が拡大していて各種ニーズがあるが、リソースが不足している分野」に参入することが推奨されます。ニッチトップの場合は、こうした市場の中でブルーオーシャン(大手が手を付けていない領域)を見つけ、一点突破する戦略をとることになります。
石川県の企業においてもこうした多角化戦略を検討することは必要だと思い、弊社では最近よく石川県の多角化事例を調べています。いくつか見つかったものを順にご紹介したいと思います。その第一弾として、本記事では、白山市のニッコー株式会社の半導体分野への多角化戦略について、知財戦略とともにご紹介します。
ニッコーの沿革
ニッコーはもともと陶器メーカーでした。ニッコーの製品は比較的高価でした。筆者の生まれた家は一般家庭でしたので、ニッコーの食器を定価で購入ことは少なく、毎年開催されていたアウトレットバザーに行って食器を購入していました。デザインは白を基調としたシンプルなものですが、ぶつけたりしてもなかなか割れない丈夫な食器だったことを覚えています。
国家の近代化政策が盛んな時代
日本硬質陶器が創業
金沢で生まれた国家的事業である硬質陶器製造を成功させるという信念のもと、旧加賀藩主前田家と当時の有力者らが尽力し、日本硬質陶器株式会社(現ニッコー株式会社)が金沢市長町で創業した。1917年には韓国・釜山に進出し、当時世界で有数の生産規模を誇った。引用:ニッコー株式会社
1908年に創業して食器を製造していたニッコーは、1980年代に半導体セラミック業界に参入します。食器製造と半導体基板製造に共通点があったのです。何だと思いますか?
ニッコーが食器メーカー から半導体向けセラミック基板メーカーになった理由
背景・課題 | 多角化を後押ししたポイント | |
1 | 国内外の食器市場が頭打ち 1980 年代以降、プラスチック代替や中国製の流入で陶磁器の国内生産は長期的に縮小。企業は生産減・単価下落への対応を迫られた。 | 既存事業のみでは成長が見込めず、収益源の分散が急務に。 |
2 | 自社の「焼きもの」技能が高機能セラミックスに直結 ①高純度粉体調合 ②シート成形 ③1,500 °C 超の高温焼成――食器で培った工程そのものが、アルミナ基板や LTCC/HTCC の製造プロセスと高い共通性。 | 設備・職人技を横展開でき、参入障壁の高い分野で差別化しやすい。 |
3 | 1980 年代のエレクトロニクス勃興 パワートランジスタ、サーマルプリントヘッドなどで熱拡散・絶縁性に優れるセラミック基板需要が急増。 | 「96 % アルミナ基板」「厚膜混成 IC」を開発し、1983 年に電子セラミック事業へ正式参入(「多角経営化を目的に」と沿革で明記)。 |
4 | 高収益・BtoB 長期取引 半導体用基板は単価が高く、車載・産業用途ではモデルライフが長い。家庭用食器に比べ価格競争が緩やかで、景気変動耐性も大。 | 売上構成の2割弱を占めるまで成長し、2024 年度には車載センサ向けが前年同期比+7 %で牽引。 |
5 | 将来市場の明確な拡大シグナル SiC/GaN パワーモジュール向け AMB/DBC 基板の国内増産や政府補助金が相次ぎ、2026 年までに 2.5 倍の供給能力拡大(NGK 事例) | 中小サプライヤでも材料・前工程を担う余地が大きく、石川県クラスター戦略とも親和。 |
ストーリーで見る転換プロセス
1970 年代末〜 | ボーンチャイナなど高級食器で差別化するも、国内需要の頭打ちが顕在化。 |
1983 年 | 「多角経営化」を掲げ、96 % アルミナ基板を試作。既存窯炉と精密印刷技術を転用できたため小資本で PoC が可能だった。 |
1990 年代 | 車載センサ、プリンタヘッド向け量産が軌道に乗り、機能性セラミック事業部を設立。 |
2000 年代以降 | パワー半導体⽤ ZTA 基板 ALZA® や Cu ダイレクトめっき基板など高付加価値化を推進。 |
現在(2020s) | EV/再エネの需要を追い⾵に、全固体電池集電体や SiC IPM 基板への展開を加速。 |
キーとなった社内資産の再解釈
既存資産 (食器) | 再解釈 → 新用途 (半導体) |
高白色・低不純物の磁器配合 | 高純度アルミナ粉末の調合ノウハウ |
均一焼成を実現するトンネル窯 | 1,500 °C 焼成による気孔制御・歪み抑制 |
絵付け用精密スクリーン印刷 | 厚膜回路の Ag/Pd 配線印刷技術 |
高耐熱釉薬(グレーズ) | 基板表面の絶縁釉薬 & Cu 密着層 |
NIKKO が半導体基板へ転身できたのは、「焼きもののDNA × 市場構造の変化」という2軸が合致した結果です。飽和する食器で磨いた技術資産を、伸びるエレクトロニクスにピボットすることで競争優位を獲得しました。1983 年に掲げた「多角経営化」の判断が、いまでは車載パワー/センサ市場の成長ドライバーとなり、財務体質の改善にも寄与しています。
ニッコーによる基板関連の主要特許(代表例)
ニッコーの知財戦略を見てみます。全体で300件近くの特許を出願していますが、このうち半導体製造関連の特許は何件でしょうか?また、それらの特許の内容はどのようなものでしょうか?以下にまとめました。
発行年 | 公報番号/ファミリー | 発明の名称(要旨) | 着眼ポイント |
2016(登録) 2014(公開) | JP5947401 B2 WO2014-084077 | 銅メタライズ配線セラミック基板およびその製造方法 | アルミナ基板表面にナノレベル密着層を形成して Cu を直接めっき。スルーホール充填により裏表導通と放熱性を両立し、高出力 LED/IPM 用基板を想定。 |
2014(公開) | WO2014-103465 | アルミナ質基板および半導体装置用基板 | Al₂O₃ に ZrO₂(ZTA)を最適量添加し、熱伝導率と曲げ強度を両立。Cu プレートとのはんだ界面ボイド抑制を狙うパワーモジュール向け。 |
2010(公開) | JP2010-037165 A | 陽極接合可能な高強度 LTCC | Li イオン導電ガラスを利用し 低温(≦ 450 °C)の陽極接合を実現。車載センサ/MEMS パッケージをターゲットに 低熱膨張×高曲げ強度 を両立。 |
1995(公開) 1998(登録) | JP7-297080 A/JP2976088 B2 | 側面電極を有する表面実装用部品とその製造方法 | ビア充填→チップ分割で側面電極を一括形成。微小ピッチ QFN/SIP の前身技術で、後工程の実装信頼性を向上。 |
用途別のヒント
課題/用途 | マッチする特許群 | 活用アイデア |
パワーモジュール放熱 | JP5947401/WO2014-103465 | Cu 直接めっき+ZTA 基板で SiC-MOSFET 200 ℃動作まで視野。 特許クロスライセンス時は Cu 界面制御パラメータ(粗さ・酸化膜厚)が鍵。 |
MEMS センサ封止 | JP2010-037165 | 陽極接合温度を 450 ℃以下に抑えられるため、Al 配線や低耐熱ポリイミドのダメージを回避できる。 |
QFN / SIP 高密度化 | JP7-297080 | 側面電極とビアの同時焼成プロセスをカスタム LTCC に応用し、0402 相当のミニモジュール化を検討可能。 |
ニッコーの知財戦略は「堅実・実装志向」であり、中堅セラミックメーカーとしては的確に差別化技術を守っていると言えます。ただし今後、パワー半導体市場や低誘電材料分野に本格参入するには「厚み」「先取り性」「交渉力強化」が求められるかもしれません。
ニッコーの最新売上高
ニッコーの多角化の経緯と保有している特許がわかりました。ところで、肝心の売上はどうでしょうか?
期間 | 連結売上高 | 前年同期比 | コメント |
2024年3月期通期 (2023/4/1 – 2024/3/31) | 147億19百万円 | +5.2 % | 2期ぶりの黒字転換。輸出向けファインセラミックスと住宅衛生器材が伸長。NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 |
2025年3月期 第2四半期累計 (2024/4/1 – 2024/9/30) | 74億31百万円 | +7.6 % | 上期時点で前年を上回るペース。営業利益は3,300万円と黒字維持。 NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 |
連結売上高の約4割を占める 機能性セラミックス事業(基板・電子部材など) が堅調で、基板向けの Cu ダイレクトめっき/ZTA 基板 がパワーモジュールや高出力 LED 向けに採用拡大中。自己資本比率は 2024 年3月期末に 7.9 % でしたが、2024 年9月末時点で 15.5 % へ改善しており、財務基盤の立て直しが進んでいます。 NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市
ニッコーの多角化の結果-成功への軌道に乗った?
ニッコーの多角化の成果はどうだったでしょうか?主に売上に基づいて検証してみました。下表のように、中堅規模の多角化モデルとしてはおおむね成功したと言えますが、さらなる投資テーマは残っています。
評価軸 | 状況 (2025 Q3 時点) | 成功度 |
売上規模 | 機能性セラミック(=半導体・電子部材)売上 207.4 億円 ※2025 Q3 累計 20.74 億円 → 通期単純年換算 | ★★★★☆ |
成長率 | 前年同期比 +13.5 %(同 18.3 億円 → 20.7 億円) NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 | ★★★★☆ |
利益貢献 | セグメント利益 1.46 億円(利益率 7 %)で 全社営業利益の 56 % を稼ぐ NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 | ★★★★☆ |
財務健全性 | 自己資本比率 7.9 % → 16.6 % に倍増 (FY24末→FY25Q3) NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 | ★★★★☆ |
技術競争力 | Cu 直貼り基板・ZTA 基板で グローバル主要プレイヤーに選定 GlobeNewswire | ★★★★☆ |
体制整備 | OA・車載向けの 自動化ライン新設、IoT品質管理を導入 NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 | ★★★☆☆ |
課題 | ①在庫循環で売上変動が大きい ②AlN/低誘電 LTCC などの「次の白地」は未開拓 | — |
「成功」と判定できる4つの根拠
1. 売上・利益とも2期連続で2桁成長 ・ 車載パワーモジュール向け ZTA、OA 用 Shine Glaze® が伸長。 ・利益額ベースで 陶磁器事業の 10 倍 を稼ぎ、黒字化を定着。NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 |
2. 財務体質の劇的改善 ・ セグメント利益・株式調達で自己資本を倍増し、「継続企業の前提」注記が消滅。 |
3. 市場評価の向上 ・世界セラミック基板レポートで Key Player (Kyocera、NGK と並列)に格上げ。GlobeNewswire |
4. 生産基盤をアップグレード ・2024 年に 自動化ラインを新設。工程データの一元管理でコストを圧縮。NIKKO ニッコー株式会社 石川県 白山市 |
まだ残る課題と次の一手
課題 | 背景 | 推奨アクション |
市況連動の波 | 2023–24 は在庫調整で一時伸び悩み | 長期 LTA(長期供給契約)で数量保証を取得 |
AlN/窒化物系 DBC が空白 | EV SiC モジュールは AlN が主流 | 早期の AlN 直貼り技術 共同開発 → 出願 |
低誘電 LTCC で京セラが圧倒 | 𝜀ᵣ≦5×CTE≦4 ppm 領域 | 高強度 ZTA–LTCC ハイブリッド で差別化 |
規模の壁 | 売上 200 億円規模は大手の 1/10 | 石川県 SME クラスタで 装置・部材パッケージ提案 |
多角化は「成功」と言えます。特に、ニッコーの「焼きもののDNA」を「市場構造の変化」にうまく順応させて別の産業に展開できたことが、その大きな理由でしょう。しかしながら大手企業と比べると、スケール面や技術の深掘りにおいて課題が残っています。したがって、次ステージ(規模拡大・技術深耕)に踏み出せるかが、ニッコーの真価を問われるフェーズかもしれません。
石川県におけるニッコーの今後
ニッコーの多角化は成功しつつあるということがわかりました。ニッコーは石川県白山市に拠点を置きます。石川県における半導体の話題として、加賀東芝エレクトロニクス(能美市)とTOPPAN能美工場(能美市)の新増設や誘致が挙げられます。この2社のニーズからニッコーに追い風が吹くでしょうか?
加賀東芝エレクトロニクスとTOPPAN能美工場の今後の予定は以下のとおりとなっています。
加賀東芝エレクトロニクス(能美市)の300 mmパワー半導体新棟は 2024 年度下期から本格稼働し、生産能力を2021年度比 2.5 倍へ拡張予定。パワーMOSFET/IGBTモジュールには「Cu直貼りセラミック基板(Al₂O₃、ZTA、AlN など)」が必須で、ニッコーが得意とする ZTA+Cuメタライズ基板 の需要がほぼ即時に立ち上がる見込みです。東芝電子デバイス&ストレージ
TOPPAN(凸版)能美工場は、買収した 旧JOLED能美サイト を転用し FC-BGA/チップレット用高密度パッケージ の量産ラインを 2027 年以降 に立ち上げる計画。主流は有機ビルドアップ基板ですが、先端 2.xD パッケージでは セラミックコアや放熱プレート を併用する構想があり、ニッコーが提案余地を持つのは 中期 (2026–30)。TOPPANホールディングス株式会社
短期(~2026)には、加賀東芝のパワー半導体量産立ち上げが、ニッコー基板売上をほぼ即時で押し上げる主要ドライバーとなるでしょう。中期(2027~)には、TOPPAN能美工場はまだ「設計フェーズ」にあります。セラミックコア/放熱プレート用途での採用を勝ち取れれば、追加で年20億円規模の成長余地となるでしょう。ニッコーは 「ZTA基板の量産安定供給」+「薄板化・低CTE化の先行開発」 を両輪に、地元需要の追い風を最大化すべきタイミングにあります。