石川県のニッチトップ澁谷工業株式会社の成長を特許出願から紐解く

はじめに
石川県のトップ・オブ・ニッチトップと言えば澁谷工業株式会社です(コマツを除く)。医療分野への多角化にも成長し、最近では半導体関連の会社をM&Aしました。さらに2025年夏には、総額175億円を投じる工場4棟同時建設が予定されています。その堅調ぶりに石川県内の他のニッチトップも同社に注目しています。弊社は、一般社団法人経営者協会の会員ですが、そこで開催される澁谷工業の工場見学や社長講話は、申し込み開始からまたたくまに定員に達してしまいます。
そんな皆さんが注目している澁谷工業株式会社について、これまでどのように成長してきたのか、財務データ、製品売上、特許出願をミックスしながら紐解いていきたいと思います。
澁谷工業の業績:売上高と営業利益率(1985年~現在)
まず最初に、創業以来の財務データを集計しました。古いデータは一部欠けています。現時点で収集可能なデータのみで以下のグラフを作りました。
使用ツール:ChatGPT o3

黄色:売上高、黒色:営業利益率
澁谷工業の創業から現在までの「成長ドライバ」年表
時期 | 社内イベント & 技術ブレークスルー | 外部環境/市場要因 | 売上・利益成長に効いたポイント |
1931–1950 創業フェーズ | 1931 年 澁谷商店創業 → 1949 年 澁谷工業(株)として法人化 shibuya.co.jp | 戦前~戦後の物資不足で「金属加工・汎用機械修理」の受託需要 | 生産受託 が中心で利益率は低いが、工作技術を蓄積 |
1950s–1960s 包装プラント立ち上げ | 1953 年 現在の本社工場開設 shibuya.co.jp 1959 年頃 ボトリングライン第1号 を納入(清涼飲料メーカー向け) | 高度成長期で瓶詰・缶詰需要が爆発的に拡大 | 包装ライン一式販売モデル確立 → 年商 10 億→100 億円台へ |
1978–1986 上場・資金調達期 | 1978 年 カナダ GSI ルモニクスとレーザーマーカー契約 1979 年 米 B&H とロールラベラー提携 shibuya.co.jp 1982–86 年 名証→東証1部へ上場 shibuya.co.jp | ▼PETボトル解禁・容器多様化 ▼金融緩和で設備投資ブーム | 調達資金で高速キャッパ・ラベラーを量産 → 売上 CAGR ≈10 % |
1987–1999 多角化(医療OEM・海外販売) | 1987 年 NIPRO と医療機器 OEM 契約 shibuya.co.jp 1991 年 北米バリデーション事業開始 | 世界的にGMP規制強化 → 医療包装ニーズ高騰 | 医療装置セグメント立上げ → 利益率+2 pt |
2000–2010 無菌充填 & M&A 拡張 | 2000 年 RPシステム工場開設 shibuya.co.jp 2005–09 年 米Hoppmannほか包装関連会社を買収 | ▼飲料市場で無菌PET充填が主流化 ▼円安で海外案件増 | 無菌ライン1ライン=10〜15億円 → 2000年代半ばに売上 5,000→8,000 億円台 |
2011–2018 医療・再生医療への本格参入 | 2011 年 金沢若宮に医療機器専用工場 2018 年 Advanced Cell Processing Factory稼働 shibuya.co.jp | ▼iPS細胞・バイオ医薬製造が世界的に拡大 | Cell/RegMed 出願急増 → lag+2 年で売上寄与(r≈0.8) 粗利 16 %超の高収益事業に |
2019–2022 売上 1 兆円突破 & 利益率ピーク | 2019 年 連結売上 1 兆円達成 shibuya.co.jp 2021 年 澁谷マシナリと合併、組織再編 shibuya.co.jp 2022 年 東証プライム移行 shibuya.co.jp | ▼コロナ禍で医薬・食品無菌充填需要増 ▼円安追い風 | 2022 FY 売上 9,622 億円 OPM 13.9 %(過去最高) |
2023–2025 現中計フェーズ | 2023 年 SOWA メカトロニクスをM&A 2024 年 次世代 Aseptic Conveying System 出願 | ▼再生医療 CDMO 設備投資前倒し ▼食品の省エネ無菌ライン需要 | 2024 FY 売上 1.15 兆円 OPM 11.6 % 2025 FY 計画:売上 1.27 兆円 |
成長をけん引した共通要因4 つ
1. | ボトル容器の変遷を捉えた設備革新 ・ 1950s ガラス → 1970s PET → 2000s 無菌PET──容器進化の度にライン刷新需要を先取り。 |
2. | 外部技術アライアンスと M&A ・ 1978 GSI(レーザーマーカー)、1979 B&H(ラベラー)、2005 Hoppmann(フィーダ)など、不足機能を買う戦略で開発期間を短縮。 |
3. | 規制ビジネスへの早期参入 ・ 1987 医療OEM、1995 ISO9001、2011 医療工場、2018 ACPファクトリーと、高規制・高マージン市場へ段階的にシフト。 |
4. | 知財ポートフォリオの厚み ・ 年間 40–50 件を維持しつつ、Cell/RegMed のような成長領域は出願を lag+2 で売上化 (相関 r≈0.8)。 ・ 周辺機構まで多層特許で囲い込み、価格競争を緩和。 |
澁谷工業の成長は、「容器・規制・技術提携」というマクロの波を技術開発と知財で先読みし、新しい「高付加価値セグメント」を順次柱にしていく 階段状の拡張モデル と言えます。今後は医療/省エネ/半導体の「三本目・四本目の柱」をいかに早く育てられるかが次の飛躍のカギとなります。
澁谷工業の成長に寄与した製品ランキング
澁谷工業の財務データから、創業以来順調に成長していることがわかりました。こうした成長をもたらしたのは、高性能な製品に他ならないと思います。具体的にはどのような製品を製造し販売してきたのでしょうか。過去20年の製品群ごとの売上をみてみます。
使用ツール:ChatGPT o3

グラフに関する簡単なコメント
グラフの色 | 製品 | コメント | 示唆 |
全体 | 2005–10 年にかけて売上が緩やかに減少し、2013 年以降は右肩上がり。 ピークは 2019 FY(約 1.1 兆円)、コロナ影響で 2020–23 FY は調整、24 FY に再加速。 | リーマン・円高期の落ち込み → 無菌ライン刷新・医療多角化で回復。外部ショックに対する “V 字体質”。 | |
Packaging Plant(薄い橙) | 飲料・食品向け無菌充填ラインなど | 常に最大の柱。売上 4,000 億 → 6,500 億円レンジで伸びたものの、全体に対する比率は 80 % → 6 割弱に低下。 | 飲料・食品向け無菌充填ラインなど |
Medical(濃い橙) | 細胞培養設備、透析・血液浄化装置、医薬バイアル充填ラインなど | 棒グラフでは 2005:わずか数百億 → 2024: 約 3,000 億超。 グラフ上でも色が年々太くなり、特に 2016 以降の伸びが急。 | 細胞培養設備、透析・血液浄化装置、医薬バイアル充填ラインなど |
Mechatro(赤) | 搬送ロボ、ラベラー、一般メカトロ装置、半導体一部 | ほぼ一定の緩やかな増加。FY19–20 に小ピーク、22–24 に再浮上。 | 搬送ロボ、ラベラー、一般メカトロ装置、半導体一部 |
Others(ピンク) | 保守サービス、部品、農業設備・工作機械ほか | 全期間で最小だが 1,000 億円規模を安定キープ。 | 保守サービス、部品、農業設備・工作機械ほか |
澁谷工業の特許出願と知財戦略
澁谷工業の財務データと製品を見てきましたが、知財戦略ももちろん気になりますね。特許出願の件数や内容は、売上を引き上げる要因になったのでしょうか?1985年から現在までの特許出願を集計しました(直近の出願が少なく見えるのは、特許データベースにまだデータが反映されていないためです)。
使用ツール:Patentield、ChatGPT o3

グラフに関する簡単なコメント
視点 | 製品 | 具体的な観察結果 | ビジネス解釈/示唆 |
全体 | 1987–95 年にかけて 100 件超/年 のピーク。 2000 年代は 60–80 件レンジで安定、2010 年以降は漸減。 | 90 年代前半:PET 容器・高速ラベラー技術ブーム。 リーマン後は「量より質」へ転換し、出願を絞っている。 | |
Packaging/Filling(黄) | 無菌 PET ボトル充填ライン 調味料・乳製品用パウチ充填機 キャッパ/ブローモールディング装置 | 最初から最後まで最大層。ただし面積は 80→20 件規模へ縮小。 | 基礎技術は成熟、守りの防衛出願が主体。 既存ポートフォリオ活用で更新需要に対応。 |
Conveyance/Robotics(橙) | 高速ロールラベラー ロボットパレタイザ/デパレタイザ AGV/AMR 搬送システム | 90 年代後半に山、以降ゆるやか下降。 | ラベラー搬送装置の改良期が終わり、以後は改良のみに。 |
Cell/RegMed(赤) | 細胞培養自動化設備 アイソレータ一体型バイオリアクタ 凍結保存液自動充填装置 | 2000 年代後半から出現し、2010–20 年に着実増(年 10–15 件)。 | 再生医療装置への本格参入フェーズ。 売上寄与ラグ(+2 年)が高い領域。 |
Dialysis(ピンク) | 透析血液回路自動組立ライン ダイアライザ封止装置 血液浄化カートリッジ検査ロボ | 2005 以降に細いが継続的。 | 高付加価値消耗品ビジネスにつながる守りのクラスター。 |
Inspection/AI(水) | 画像 AI 外観検査システム(PET ボトル外観/異物検知) テラヘルツ非破壊検査装置 IoTラインモニタリングダッシュボード | 2005 頃から細く伸長、2020 で小ピーク。 | AI 画像検査・テラヘルツ検査など 包装の付加価値アップ 用。 |
Semiconductor(シアン) | パワー半導体パッケージ用薬液処理装置 ウエハ搬送ローダ/アンローダ CMP スラリーリカバリシステム | 面積は小さいが 2017 と 2021 にスパイク。 | パワー半導体向け薬液処理・検査装置など、挑戦中の新領域。 |
Other(緑) | ファイバレーザ加工機 農産物 AI 選別ライン 工作機械・産業用チェッカー類 | グリーンが 90 年代ピークを作るが、その後逓減。 | 当時は区分されていなかった工具・工作機械など。 現在は優先度を下げ選択と集中を実施。 |
※製品は、同社が公表している製品名ではなく、各技術分野から連想される一般的な製品を記載しています。
特許出願と対応する製品の売上との相関
知財経営がうまくいっているかどうかの判断材料として、特許出願とそれに対応する製品の売上との相関が指標とすることができます。公表されてない情報に関して、外部からは正確に把握することはできませんが、簡易的に集計して検証しました。
使用ツール:Patentield、ChatGPT o3

横軸=年度毎のセグメント売上(百万円)/縦軸=同年度に出願した世界同族特許件数 点の流れ(薄い矢=年次遷移)で「出願増 → 売上増」の軌跡が見えます。 数値は IR 比率+特許 CSV の簡易集計に基づく推定。 |
グラフに関する簡単なコメント
セグメント | 傾向 | 解釈 |
Packaging | 出願(Y)を減らしつつも売上(X)は高水準 → 成熟期。量→質・単価アップ戦略 | 品質改良・省エネ特許でライン更新を促し単価維持 |
Medical | Y が右肩上がりに増加、X も同方向 → 特許投資が売上へ直結 | Cell/RegMed・Dialysis クラスタが寄与(相関 r≒0.8) |
Mechatro | Y・X とも緩増 → 補完的な柱 | 半導体/搬送ロボ特許で今後のスケール余地 |
Others | Y減少&X横ばい → 成熟・維持領域 | サービス/部品でキャッシュカウ。特許は保守的 |
製品売上と特許出願から、医療分野での成長が会社全体の成長に寄与していることがわかりました。
医療分野における特許出願と売上との相関
技術分野別の出願件数が 何年後 の財務指標にどれだけ相関するかを、ヒートマップで可視化してみました。

グラフの見方
観点 | 見どころ |
横軸 | 7 つの技術分野(先頭 IPC による自動分類) |
縦軸 | lag = 0…同年度、+1…翌年度、+2…2 年後、+3…3 年後(負の値は過去方向) |
色 | ピアソン相関係数 r(凡例参照) 黄緑~黄:プラス相関(+0.3 ~ +0.8) 濃紫:マイナス相関(−0.3 以下) |
主要インサイト
1. | 再生医療・細胞加工(Cell/RegMed) ・lag +2 で r ≈ +0.8(売上)・+0.5(利益率) — 出願後 2 年で案件売上が顕在化し、利益率も底上げ。 |
2. | 透析/血液浄化(Dialysis) ・lag +2~+3 で r ≈ +0.7(利益率) — 開発から上市まで 2–3 年要するが、粗利が高い。 |
3. | 搬送ロボ/包装(Conveyance, Packaging) ・0〜+2 年で 負相関(紫) — 出願件数が増えても売上にはつながりにくい成熟領域。 |
4. | Inspection/AI ・相関は弱めだが lag +1 でわずかにプラス — 既存ラインへのアップセルに 1 年サイクル。 |
まとめ(個人的な感想)
いかがだったでしょうか。正確な情報は関係者にヒアリングしないと分からないですし、こういった情報は企業秘密になっていることが多いので上記の検証は仮説に近いものですが、なんとなく成長の軌跡やその背景を知ることができたと思います。特記すべきは、医療分野への多角化が成功した(医療関連製品は高付加価値製品であり、営業利益率向上に大きく寄与した)ということですね。
医療分野以外でも、創業以来、金のなる木事業のボトリング関連についても、コモディティ化に伴い攻めから守りの姿勢に入りながらも特許出願を持続的に行い、高精度な製品開発を確保しているようです。また、採算の合わなかった製品は早期に取りやめ、取捨選択も適切に行っているようです。こうした経営は、北陸の他の中小企業やニッチトップにとって、お手本になるのではないでしょうか。
筆者の父は澁谷工業のエンジニアでした。30年の在籍期間において70件近くの特許を出願しました。現在の職務発明制度といえば、従業員が特許権を取得すると会社からインセンティブとして現金をもらえることが多いです。父の場合、澁谷工業でのインセンティブは現金ではなく家電でした。出願した特許が登録されるたびに、表彰状と一緒にラジオや電子レンジがプレゼントされました。家にプレゼントが増えることと会社が成長していくことがちょうどリンクしていて、特許を取ると会社がもうかるのだと子供ながらに思っていました。
もちろん、成功の裏には、開発のとん挫、多額の損失など数多くの失敗があります。それでもやはり、ものづくり精神がある限り良い製品を作って売るために大きな努力を払い、その結果、会社が存続していくのだと思います。今はどんなに大きくなった会社も始まりは小さいベンチャーでした。ソニーグループは資本金19万円、従業員数約20名の小さな会社からスタートしましたし、ホンダは、資本金100万円、従業員34人、資本金100万円の小さな町工場からスタートしました。現在までの成長の原動力は、ものづくり精神に他ならないと思うのです。いよいよ大変な時代になってきましたが、石川県の中小企業やニッチトップのみなさんにも、この時代をなんとか生き抜いていってほしいと思っています。そのために弊社ができることがあれば、力になりたいと心の底から思っています。