特許が株価に影響を与えた事例

はじめに
前回の記事で、「石川県内の上場企業の特許出願」についてまとめました。各社において、知財戦略が自社の株価上昇にどのように影響しているかは、詳しくヒアリングしたり分析したりしないとわからないのですが、特許が株価を動かしたケースがいくつか存在するので、本記事ではそれらを紹介したいと思います。
特許が株価に影響を与える主なパターン
特許が株価に影響を与える主なパターンは、「事業の優位性を高めるポジティブな材料」と、「事業リスクを高めるネガティブな材料」の2つに分けられます。
- 1. ポジティブな材料:株価急騰の要因
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新しい収益源の確立や、競争優位性の確保に繋がる特許関連のニュースは、株価を急騰させる大きな要因となります。
事例のタイプ 内容 株価への影響 新規特許の取得 開発中の新薬の主要特許や、画期的なビジネスモデル特許、基幹技術に関する特許が主要国で成立したという発表。 企業の将来的な収益源が独占的に保証されるため、期待感から株価が急騰します。特にバイオ株はこれが顕著です。 訴訟の勝訴 競合他社との特許権侵害訴訟で自社が勝訴し、技術の独占権が確定した場合。 競合製品の排除や、ライセンス収入獲得の可能性が現実となり、株価が大きく上昇します。 ライセンス契約の締結 自社の特許技術を他社に供与し、巨額のライセンス収入を得る契約を結んだ場合。 知的財産が新たな安定収益を生み出す資産として評価され、株価が上昇します。 - 2. ネガティブな材料:株価下落のリスク
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特許の無効化や訴訟の敗訴は、企業の独占的な収益構造が崩れるため、大きなリスクとなり株価を下落させます。
事例のタイプ 内容 株価への影響 特許侵害訴訟の敗訴 競合他社から訴えられた特許侵害訴訟で敗訴し、巨額の損害賠償や製品の販売差し止めが命じられた場合。 事業の継続性に疑義が生じ、株価が暴落します(例:日本のゲーム企業による特許訴訟和解時の株価下落事例など)。 パテント・クリフ 企業の主力製品を保護していた主要特許の存続期間が満了し、ジェネリック品(後発医薬品)などの競合品が市場に参入する見通しとなった場合。 独占的な収益が大きく減少するリスク(パテント・クリフ)が現実となり、株価が下落します。特に製薬業界では定期的に問題となります。
日本でよくあるケースの概要
特許関連のニュースで株価が動く企業として、特に注目されるのがバイオ・医療系スタートアップです。バイオ企業は、事業価値のほとんどが開発中の新薬候補物質を裏付ける特許に依存しています。
- 1. 特許取得・訴訟勝利
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新薬の基本特許が成立したり、海外で競合の異議申し立てを退けたりといったニュースは、将来の売上を独占する期間が確定したことを意味するため、株価がストップ高となるケースが多く見られます。
- 2. 治験失敗・特許無効化
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逆に、開発パイプライン(新薬候補群)が最終段階の治験(フェーズ3)で失敗した場合や、特許が無効になった場合は、企業価値が根底から揺らぎ、株価が暴落します。

特許が株価を動かした日本国内の事例
特許の発表・取得・勝訴など知財イベントを契機に株価が大きく動いた国内事例には、以下のようなものがあります。
| 証券コード | 企業名 | 日付 | 内容 | 特許 |
| 6982 | リード | 2022/9/15 | 「アニールレス技術」の特許権取得を発表 → 材料視され急伸・ストップ高。 株探 | 特許第7137245号「成形体の製造方法」 |
| 5242 | アイズ | 2024/8/27 | 広告プラットフォーム「メディアレーダー」関連で2件目の特許取得を発表 → ストップ高水準まで上昇。 株探 | 特許第7541738号「情報処理装置」 |
| 5580 | プロディライト | 2024/9/11 | 音声から感情を分析する技術の特許取得を9/9に開示 → その後も買い材料視されストップ高。 株探 | 特許第7541605号「心身状態分析装置、心身状態分析システム、心身状態分析方法、心身状態分析プログラム」 |
| 4570 | 免疫生物研究所 | 2024/10/15 | 「抗HIV抗体及びその製造方法」日本特許取得の報を材料にストップ高 株探 | 特許第7566257号「抗HIV抗体及びその製造方法」 |
| 5242 | ジェネパス | 2025/2/28 | 「カポック繊維及び羽毛を含む充填材」等に関する特許取得を発表 → 好材料続きで急騰(ストップ高気配)。 四季報オンライン | 特許第7610198号「充填材の製造装置、充填材の製造方法、及び充填材」 |
各社の株価状況と特許の紹介:株式会社リード
| 特許番号 | 特許第7137245号(出願:2021/4/2、登録:2022/9/6) |
| 発明の名称 | 成形体の製造方法 |
| 特許の概要 | 課題:PP(ポリプロピレン)系+タルク強化の成形品は剛性は高いが、経年や熱による寸法変化が大きい。寸法安定化のためのアニール(後熱処理)が必要になりがち。 解決:原料と配合・工程設計を工夫し、アニール工程を省略しても寸法変化を抑え、機械特性の低下を防ぐ成形体を得る製造方法 |
| 株価上昇の理由 | 1. 技術インパクトがわかりやすい:アニール不要=工程短縮・コスト削減・CO₂削減・生産性向上という訴求が明快で、用途(自動車外装等)も想像しやすい。 2. 特許=排他性:登録完了で参入障壁・採用拡大・価格交渉力への期待。 3. 速報ヘッドライン効果:特許取得報道を契機に2022/9/15 ストップ高(+100、623円)。 4. 小型株×ニュース希少性:ポジティブ材料の希少性が高く、短期資金が流入しやすい地合い。 |
各社の株価状況と特許の紹介:株式会社アイズ
| 特許番号 | 特許第7541738号(出願:2021/3/5、登録:2024/8/21) |
| 発明の名称 | 情報処理装置 |
| 特許の概要 | 課題:広告資料の「露出順位」を、掲載社が設定するリード単価(支払上限)と、資料の人気度(DL/閲覧等)を掛け合わせた指標で動的に決め、ダウンロードが成立した件数を正しくカウントして課金・露出制御に反映させたい。 解決:顧客(掲載社)が登録したリンク文書(詳細ページへの参照情報を埋め込み)を取得、設定条件(=DL成立など)の成立回数を取得、設定金額(リード単価)×成立回数等を用いてWebページ上の掲載順位を決定し生成、という一連の装置クレームで定義。 |
| 株価上昇の理由 | 1. 技術インパクトがわかりやすい:収益に直結する露出×課金の最適化機能を特許で保護→LTV/単価向上の期待。 2. 特許=排他性:実装済みコア機能を権利化し参入障壁を強調できた。 3. ニュース拡散効果:「2件目の特許取得」という連続性も相まって材料視され、2024/8/27にストップ高(+400、2,327円)。 4. 小型グロースの需給:ポジティブ開示の希少性が高く、短期資金が集中しやすい。 |
各社の株価状況と特許の紹介:株式会社プロディライト
| 特許番号 | 特許第7541605号(出願:2023/9/1、登録:2024/8/28) |
| 発明の名称 | 心身状態分析装置、心身状態分析システム、心身状態分析方法、心身状態分析プログラム |
| 特許の概要 | 課題:通話音声から感情/心身状態を数値化し、業務で活用できる形で提示したい。 解決:音声をAI解析し、平常/喜び/怒り/悲しみ/元気度 等のパラメータに独自重み付けを行い、ポジ/ネガスコアを算出して可視化。プロダクトはINNOVERA Emotionとして既に実装。 |
| 株価上昇の理由 | 1. 技術インパクトがわかりやすい:既存SaaS(クラウドPBX)に収益直結の差別化機能が載る絵が投資家に伝わりやすい。 2. 特許=排他性のストーリー:コア機能が権利で保護され、参入障壁やLTV向上期待が可視化。プレスでも「特許取得済」を継続発信。 3. 速報ヘッドライン効果:特許開示(9/9)→株式メディアが材料視(9/10報道)でストップ高。 |
各社の株価状況と特許の紹介:株式会社免疫生物研究所
| 特許番号 | 特許第7566257号(出願:2019/10/28、登録:2024/10/15) |
| 発明の名称 | 抗HIV抗体及びその製造方法 |
| 特許の概要 | 課題:HIV治療に資する抗体創薬。 解決:HIVに対する抗体(物質)およびその製造方法に関する国内特許。大学・研究機関等と4者共同で取得。 |
| 株価上昇の理由 | 1. 技術インパクトがわかりやすい:アンメット医療×物質特許。医薬で最も強いとされる物質特許の取得が材料視されやすい。 2. 共同出願の信頼感:共同出願の信頼感。大学・研究機関と共同で技術の確度が伝わる。 3. 速報ヘッドライン効果:ニュース拡散→短期需給。IR公表(10/11)後、10/15にストップ高報道で短期資金流入。 |
各社の株価状況と特許の紹介:株式会社ジェネレーションパス
| 特許番号 | 特許第7610198号(出願:2024/07/23、登録:2025/1/08) |
| 発明の名称 | 充填材の製造装置、充填材の製造方法、及び充填材 |
| 特許の概要 | 課題:環境配慮・機能性を両立する充填材の量産化。解決:カポック繊維+羽毛を含む充填材と、その製造装置/製造方法を特許化。寝具・衣料用途を想定。権利者は連結子会社(青島新嘉程家紡)。 |
| 株価上昇の理由 | 1. 素材テーマのわかりやすさ:低環境負荷×高機能(軽量・保温等)のESG文脈で材料視されやすい。 2. 事業への直接波及:自社グループの製造・販売に直結し、粗利改善/差別化期待。発表翌日以降に急騰・ストップ高報道。 3. 小型株×ニュース希少性:好材料の希少性が高く、短期資金が集中しやすい地合い。 |
特許に関するイベントと株価上昇の紐付け
ここまで見てきたところで、気づいたことがありますね?投資家は、各社の特許(技術内容)と理解し、さらにその優位性(排他的なクレーム構造かどうか?)、市場性(参入する市場に将来性があるのか?)、利用可能性(製品にして市場に投入したらもうかるのか?)を、正確に分析・理解したうえで投資を実行していると思いますか?もちろんそういう投資家もいるかもしれませんが、大部分は、株価(特許と言うよりその会社の企業価値)が上がりそうな「ストーリー」を見て株を買っているということです。
特許の理解も価値判断も、本来非常に難しいものです。また、特許の内容やステータス自体が投資判断材料になるとは限りません。仮に、とても強い特許(排他的なクレーム構造)があったとして、投資家はその会社の株を買うのか?というと、儲かると思わなければ買わないと思います。したがって、儲かる=株価が上昇すると思えるストーリーを投資家に見せる必要があります。上記の事例にもあるように「わかりやすいこと」はそのストーリー作りに必要な要素の一つと言えます。
株価上昇において知財専門家が果たす役割
特許で直接「株価を上げる」ことはできませんが、特許を含む知的財産(IP)で「事業価値の見える化と継続的な好材料づくり」を設計することはできます。実務で効く「IP × 収益 × 開示」のプレイブックを、GPT-5 Thinking と一緒に作ってみました。SaaSのサンプルです。
- Moat Map(発明→機能→製品→売上KPIの対応表)
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例:特許A(請求項1,3)→ 検索順位最適化 → B2Bリード獲得SaaS → ARPU↑ / CVR↑ / CAC↓
- クレーム–機能マップ
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UI/仕様のどの挙動が請求項のど要件を満たすかを1枚に。営業・IRが使える「権利で守られている根拠」。
- 価値仮説の数式化
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例:売上影響 = 採用社数 × 機能利用率 × ARPU増分(発明導入前後の差分を推定)。
- 出願設計
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基本→改良→用途→周辺の連続出願(面展開)。
- 外国戦略
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US/EU/CN等の早期権利化(PCT→早期審査)。IRでは「主要市場で権利化進展」が強い材料に。
- 分類とキーワード
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検索で拾われるタイトル・要約(技術内容を過度にぼかさない)。
- 非特許の併走
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商標・意匠・著作・営業秘密(学習データや重み等)のハイブリッド防衛。
開示トリガーの棚卸し
国内外登録査定(B公報発行)、NOA(拒絶理由解消)、SEP関連/標準化採択、大型ライセンス、裁判・審判勝訴、学会・展示会での採択、製品実装、顧客KPI更新。
四半期ごとの「IPアップデート」雛形
「登録×件/審査段階×件/係争×件/導入実績×社/KPI影響△%」の定型スライド。
材料性の判断基準(内規)
売上影響見込み、競合牽制度、主要市場、既存IRとの整合——点数化して開示/非開示を決める。
1枚サマリの型
①背景(市場・課題)→ ②特許/権利の要点(請求項の「動詞」を噛み砕く)→ ③プロダクト実装(スクショ/動画)→ ④ビジネスKPI連動(CVR、ARPU、MAU、粗利)→ ⑤今後のマイルストン。
NG
医療や安全分野の場合、暗黙の効能主張、未確定の売上予告、言い切りは避け、「〜に資する」「〜を可能にする」で統一。
法務・IR・知財の三点確認
金商法/適時開示/インサイダー管理。
Day 0–30(土台づくり)
- 全重要機能のクレーム–機能マップ作成/Moat Map初版。
- 海外権利化の優先国決定、早期審査申請(PPH等)。
- ニュースフローカレンダー草案(今後6–12か月)。
Day 31–60(外向け資材)
- IR向け1枚サマリ+Q&A雛形(「何が守られ、どう効くか」)。
- 顧客事例×KPIのケーススタディ(数値は実績/POC)。
- 対アナリストティアダウン資料(競合比較・被侵害リスクの見解)。
Day 61–90(材料の実装と運用)
- 次回決算までの開示トリガー確定(登録見込み、学会、PoC結果)。
- PR/広報連動(メディア向け解説ノート、図版)。
- ダッシュボード:登録件数、許諾収入、係争進捗、KPI差分の月次更新。
ライセンス/共同開発
コア特許を「製品バンドル+API課金+用途許諾」で設計。
IPデューデリ・パッケージ
請求項一覧、家族、クレームチャート、被引用状況、自由実施調査の要約。
IP担保・証券化の準備
権利評価レポート(収益連動シナリオ)/保険(保証)枠の検討。
製品リリースと同時に「特許要件を満たすUI/ログ」を残す(後の権利行使/説明用)。
請求項改良のためのログ収集(ユーザー行動・計算式・閾値)。
係争/クレーム対応の構え:競合のマーケ文言を監視→無効資料/均等論対策のフォルダを先に作っておく。
ポートフォリオ指標
登録/出願/主要国カバー率、被引用数、無効審判/訴訟の成否。
事業連動指標
機能採用率、ARPU増分、CVR差分、解約率低下、粗利率改善。
競合比較
該当領域のIPC/FI/Fターム密度、同業他社の出願トレンドヒートマップ。
まとめ
特許が株価を動かした事例を見てきました。このように、自社無形資産の価値をうまく表現して投資を誘う手法は、スタートアップの資金調達時にも有効な手法です。特許は、事業会社との連携時にも優位にはたらきます。事業をはじめたばかりのスタートアップは、蓄積されている資産がなく、技術力が唯一の資産となります。特許は、技術力を法律で保証するものです。早期段階から特許出願について検討することが推奨されます。
