石川県ニッチトップの技術力と知財戦略:月星製作所(石川県加賀市)

株式会社月星製作所:冷間鍛造技術のパイオニア
株式会社月星製作所は、石川県加賀市に本社を置く、自動車・オートバイ用の特殊精密部品メーカーです。1947年の創業以来、材料を常温のまま精密かつ高強度に成形する「冷間鍛造(冷間圧造)」をコア技術として磨き続けてきました。同社の公式サイトなどを参照すると、以下のような「一貫内製化体制」に強みがあることがわかります。
- ★ ニアネットシェイプの追求
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材料の無駄を極限まで減らし、後工程を大幅に削減する「ニアネットシェイプ」(最終製品に近い形状での成形)を徹底的に追求し、高精度とコスト削減を両立しています。
- ★ 金型・設備の自社開発
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製品の品質と生産効率を左右する金型や加工機械を、独自のノウハウに基づき自社で設計・製作・改良しています。これにより、他社には真似できない複雑な形状やハイレベルな要求にも対応できる高い競争力を確立しています。
- ★ トータルエンジニアリング
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冷間鍛造だけでなく、切削、研削、熱処理、表面処理までを社内の一貫体制で行い、お客様のニーズに応じた最適な加工を実現しています。
月星製作所は、石川県が公開している「ニッチトップ企業一覧 2025」によると、次の分野で高いシェアを誇っています
- ESC(横すべり防止装置)構成部品 70%
- オルタネーター用ダイオード部品 60%
- スターター・オルタネーター締結ボルト 100%
- 自動二輪向け中空シャフト 100%
- 自動二輪向けスポーク・ニップル 95%
2025年9月16日の日経新聞には、以下の記事が紹介されていました。
月星製作所、バイク車輪の「スポーク」でトップシェア 耐衝撃性向上
月星製作所(石川県加賀市)はバイクの車輪に使われる「スポーク」で、中・大型車向けではトップシェアを誇る。常温のまま高い圧力をかけて鉄を変形させる「冷間鍛造」と呼ばれる加工技術で、走行時の衝撃に耐える強度を実現する。製造設備や金型を自社開発することで車種に応じた多様なスポークを製造し、高シェアを維持してきた。
月星製作所のスポークは耐衝撃性に優れ、中・大型車向けでトップシェアを誇る スポークは車輪の中心部と外周であるリムをつなぐ部品で、円形の形状を保つ役割がある。月星製作所は高重量の中型・大型バイク向けのスポークに強みがあり、国内の大手バイクメーカーとは軒並み取引がある。取引先は海外にも広がり、同社によれば米ハーレーダビッドソン向けのスポークでは全てが月星製作所の製品だという。
高重量に加え、特に舗装されていない道を走るオフロードバイクでは、スポークの品質が走行性を左右する。強い衝撃に耐えうる強度を実現するための製造方法が、鉄を熱さずに常温のまま高い圧力をかけて変形させる冷間鍛造と呼ばれる技術だ。
冷間鍛造では削るのではなく圧力をかけて金属を変形させるため金属内部の組織が壊れず、高重量に耐えうる部品ができる。削りカスが出ず、原材料のほとんどを完成品として活用できるメリットもある。熱を加えずに加工するため煤(すす)が生じないことで、部品の表面を滑らかに仕上げることもできる。
月星製作所の越山文雄取締役上席執行役員は「金型や製造設備は自社で設計することも市場での優位性につながっている」と話す。品質にブレが生じた場合には自社の人員で即座に点検できる。バイクメーカーは車種ごとに異なる形状のスポークを発注するが、設計を変えることで短納期で製造できる体制をつくっている。
月星製作所は1947年、石川県加賀市で設立された。創業者の打本友二氏は別のスポークメーカーの技術者として、満州の工場で工場長を務めていた。45年の終戦後に日本に帰国し、経験を生かして自ら自転車やリヤカー用のスポーク製造を始めた。設備を自社設計する方針は設立時からの方針で、現在も当時の機械が残る。
月星製作所は年間で約1200万本のスポークを生産する 同社にとってスポークは「底堅い需要があり安定して売り上げが出せる製品」(越山氏)だ。中型・大型バイクは通勤手段など生活必需品として購入する場合に加え趣味目的で購入する層も多く、電動二輪車(EVバイク)でも使われるため、EVシフトの影響も受けづらい。年間に1200万本前後を生産するが「需要は今後も横ばい傾向が続く」とみる。
25年3月期の売上高は前の期比8%増の136億円。祖業であるスポークから派生して現在ではブレーキやエンジン部品など二輪車・四輪車向けの多様な部品を手掛けるに至った。越山氏は「自動車のEVシフトなど需要の変化を見極め、新たな製品の開発にも力を入れたい」としている。
月星製作所の特許出願
高いシェアを誇るニッチトップの場合、その知財戦略が気になりますね。まずは特許出願から調べてみました。
国内では、これまでに57件出願されていました(ファミリー含むと68件)。57件をグラフにまとめました。グラフにおいて、縦軸は出願年、横軸は技術分野ごとの出願件数です。技術分野は右側に掲載されています。コア技術の出願がほとんどであることが見て取れます。

上記は過去の出願を単純に集計したものですが、現在も効力のある出願は2件のみです。これらの有効特許が現在どのように活用されているかは、同社に実際に聞いてみないとわからないのですが、交渉で優位な要素になっている可能性があります。さらに、過去に維持していて現在無効となっている特許についても、基本的な構成であれば、コア技術の蓄積と工程知見を裏付ける「証跡」になります(競合からの技術認識・信頼性の根拠として効く)。
この2件を簡単に紹介します。
| 番号 | 特許6224204 (2016-12-15出願) |
| 名称 | インサート金具及び樹脂製品 |
| 概要 | 従来のインサート金具の回転防止機能不足を解決するため、筒状本体の外周に段差構造を設けたフランジ部を備えることで、樹脂への埋め込み状態での回転を効果的に規制し、確実な固定と設計自由度向上を実現する。 |
| 用途 | 樹脂製品に埋め込むインサート金具(例えば、インサートブッシュやインサートナット)であり、樹脂製品とインサート金具を確実に固定し、かつ回転を防止する。自動車部品や家電製品などの様々な樹脂製品に適用可能である。 |

| 番号 | 特許5303628 (2011-11-24) |
| 名称 | 軸外周面に複数の溝を形成する方法及び該方法によって形成された軸部材 |
| 概要 | 軸部品の押し出し加工によるインボリュートスプライン形成において、端部での加工停止や破損、バリ発生、別途工程によるコスト増加という課題を解決するため、絞りダイスと先端加工部付きパンチピンを用いた2段階の押し出し加工により、軸の外周全域に連続したインボリュートスプラインを形成し、高品質な軸部品を効率的に製造する。 |
| 用途 | 自動車のパワーステアリングシャフトなどの軸部品に、インボリュートスプラインなどの溝を押し出し加工で形成する方法である。押し出し加工で軸の外周全体に溝を形成し、完成品を効率的に製造する。 |

月星製作所の知財戦略の考察
先のグラフをもう一度見てみると、最新の出願年が2016年になっています。月星製作所は実は、2016年以降、特許出願を行っていません(特許庁のデータベースでは、出願から公開まで1年半のタイムラグがあるので、直近のこの期間について出願の有無は不明です)。
公式サイトなどを参考にしながら、その理由を考察してみました。株式会社月星製作所の「冷間鍛造プロセスと金型・設備内製に関する技術」は、同社のコア技術と競争力の源泉であり、その詳しい内容は非公開の企業秘密(ノウハウ)として管理していると推察されます。具体的なノウハウについて以下にまとめました。
- 1. 冷間鍛造(冷間圧造)の高度なノウハウ
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- ニアネットシェイプの追求: 常温で金属材料に塑性変形を加え、完成品に近い形状(ニアネットシェイプ)に高精度かつ高強度に成型する技術をコアとしています。これにより、切削などの後工程を削減し、材料の無駄を極限まで減らす(環境負荷低減、コスト削減)ための、最適な成形工程設計に関するノウハウが蓄積されています。
- CAE(鍛造シミュレーション)の活用: コア技術である冷間鍛造工程の設計に、CAE(コンピュータ支援エンジニアリング)によるシミュレーションを活用し、不良・不具合ゼロを目指した適正な工程設計やレイアウトを立案するノウハウを持っています。
- 2. 金型・設備の内製化による一貫生産体制
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- 金型の独自設計・製作: 製造に必要な金型を独自に設計・製作している点です。冷間鍛造において、金型は成形精度や寿命に直結する最も重要な要素であり、この内製ノウハウが、他社には真似できない複雑形状や高精度品の製造を可能にしています。
- 加工機械の自社開発・改良: 加工機械も独自に開発したもの、あるいは購入した機械に独自の改良を加えたものを使用しています。これにより、特定の製品やプロセスに最適化された高効率の製造ラインを構築するノウハウを確立しています。
- 3. 複合加工技術と一貫生産体制
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- 冷間鍛造をコアに、切削、研削、熱処理、表面処理までを一貫して行う体制を確立しています。これにより、製品の企画段階から最終製品までを一貫して管理し、各工程の最適な組み合わせに関するノウハウを製品の高品質化に繋げています。
月星製作所の知的財産戦略は、コア技術である冷間鍛造のノウハウを「営業秘密」として厳重に守るとともに、「一貫内製化」を支える技術や製品の一部を権利化する「知財ミックス戦略」を採っていると推察されます。
EVシフトに対応するための知財戦略(打ち手)
上記の日経新聞の記事では、取締役上席執行役員が「「自動車のEVシフトなど需要の変化を見極め、新たな製品の開発にも力を入れたい」」と言っています。具体的にどのような打ち手があるのか、想像してまとめてみました。
- 1.守りの強化:伝統的ノウハウの厳格な「営業秘密」管理
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これまでの競争力の源泉である「冷間鍛造プロセスと金型・設備内製ノウハウ」については、特許で公開せず、引き続き「営業秘密」として厳格に管理します。
- デジタルセキュリティの強化: 独自の$\text{CAE}$データ、金型設計データ、設備カスタマイズ情報は、アクセス制限や暗号化を徹底し、サイバー攻撃や内部不正による漏洩リスクを最小限に抑えます。
- ノウハウの体系化と選別: 守るべきノウハウ(企業秘密)と、特許で権利化すべき技術(公開しても優位性を保てる技術)を明確に選別・区分し、知財ミックス戦略の土台を固めます。
- 2. 攻めの強化:EV関連新技術の「特許ポートフォリオ」構築
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EV部品で新たに参入する市場や技術的な課題解決策については、積極的に特許を取得し、排他的な権利を確保します。
- EV必須部品の特許取得(導電性材料):
- 銅やアルミなど難鍛造材の精密成形技術:従来の鉄鋼材とは異なる導電性材料(銅・アルミ)の高精度ニアネットシェイプ成形に関する独自の工法や金型構造を特許化します。
- バスバー・コネクタ端子の構造特許:高電圧・大電流に対応するための冷間鍛造による独自の部品形状や接合構造を特許で保護します。
- 軽量化・熱マネジメント部品の特許取得(高強度):
- 軽量異形中空部品の製造技術:モーターやインバーター周辺の軽量かつ複雑な中空構造部品を実現する独自の冷間鍛造プロセスを特許化し、競合の参入障壁とします。
- 難加工材への適用技術: EVの軽量化トレンドで増加する高張力鋼板や特殊合金など、難加工材の冷間鍛造技術を特許化します。
- グローバル対応と知財戦略の連携
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EV市場はグローバルに展開するため、海外市場における知財リスクを低減し、事業展開を支援します。
- 主要市場での出願: EV部品の主要生産・消費地域(例:中国、欧州、北米、アセアン)を特定し、関連特許を優先的に海外出願します。
- 競合他社特許の調査: EV部品市場における大手部品メーカーや新規参入企業の特許マップを定期的に作成し、侵害リスクの回避と、自社の開発方向性の検討に活用します。
- 知財部門と開発・営業部門の連携強化: 開発初期段階から知財担当者が関与する「フロントローディング」体制を徹底し、市場ニーズと競合動向を踏まえた、「稼ぐ」ための特許を生み出す仕組みを構築します。
まとめ
石川県内にはすばらしいニッチトップ企業が数多くあります。創業100年を超える企業もあり、いずれも主力製品が高いシェアを誇っています。本記事では月星製作所の技術と特許について紹介しました。ほかのニッチトップ企業についても順に紹介してまいりたいと思います。





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