特許の書類の一つである「特許請求の範囲」では、複数の請求項を記載することができます。また、先の請求項に記載された発明特定事項を全て含み且つ、更なる発明特定事項で特定される発明を記載する場合には、従属形式(引用形式)の請求項を利用することができます。この従属形式の請求項には、先の一つの請求項を引用する単数従属項と、先の複数の請求項を択一的に引用する多数従属項とがあります。多数従属請求項を、マルチクレームといいます。マルチクレームの利用は、非常に便利である反面、米国や、アジアの各国では、その使用が制限され、拒絶理由を受けることもあります。
この記事では、各国におけるマルチクレームの取り扱いについて紹介します。
マルチクレームとマルチ−マルチクレーム
まず、請求項の形式には、独立形式と、引用形式とがあります。
独立形式請求項は、他の請求項を引用することなしに記載された請求項です。独立項とも呼ばれます。
一方、引用形式の請求項は、先の請求項を引用する請求項であり、一般に「従属形式請求項」と呼ばれます。従属形式請求項は、先の他の請求項を引用することで、特許請求の範囲における文言の重複記載を避けて請求項の記載を簡明にすることができます。典型例としては、先行する他の請求項の全ての発明特定事項を含む従属項が挙げられます。このような形式の従属項を利用すると、引用先との相違点を明確にすることができ、審査官や第三者の理解が容易になるという利点が得られます。
例:
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
このような形式の請求項は、先の請求項に係る発明を更に限定する発明を記載するのに利用されます。すなわち、このような従属項に係る発明は先の請求項に係る発明に包含されます。
上記の例では、請求項2に係る発明は、「成分Aと、成分Bと、成分Cとを含むことを特徴とする組成物」なのですが、成分A及びBを含む点では請求項1の組成物と同じであり、成分Cを含むことを特定している点で請求項1と異なるため、上記のような記載が可能です。なお、請求項1に係る発明の組成物は、成分A及びBを含むことを特定しているのであって、成分Cを含んでいてもいなくても良いものです。そのため、請求項2に係る発明の組成物は、請求項1に係る発明の組成物の一態様ということもできます。
また、従属形式請求項は、先の請求項に係る発明とはカテゴリーの異なる発明において用いることもできます。
例:
請求項1:成分Aを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:請求項1に記載の組成物と、溶媒とを含むことを特徴とする化粧剤。
なお日本では、従属形式請求項に係る発明は、引用される請求項に係る発明に包含されないものとすることも可能です(審査基準 II部 第2章 特許請求の範囲の記載要件)。例えば、先の発明の発明特定事項の一つを別の発明特定事項に置換した発明を記載することもできます。
例:
請求項1:固定手段としての磁石と、台座と、前記磁石により前記台座に固定されたプレートとを具備することを特徴とする試験台。
請求項2:前記固定手段として、前記磁石に変えて、接着テープを具備することを特徴とする試験台。
この場合、独立項として単に「固定手段」を記載し、従属項で固定手段を「磁石または接着テープ」に特定することも考えられます。
さて、今回のテーマであるマルチクレームは、審査基準では「多数項引用形式請求項」と記載されています。読んで字のごとく先の複数の請求項を引用する請求項です。
例:
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
上記請求項3は、請求項1及び2を択一的に引用しているので、マルチクレームと呼ばれる形式です。
請求項3にかかる発明は、請求項1の組成物を、
・成分Dを更に含む組成物(請求項1に従属)
・成分Cと成分Dとを更に含む組成物(請求項2に従属)
に限定した2つの発明を包含します。
このように、マルチクレームは、先の複数の請求項を択一的に引用してまとめて一つの請求項として記載した請求項です。
そして、マルチ−マルチクレームは、マルチクレームを含む先の複数の請求項を択一的に引用した請求項です。
例:
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
請求項4:成分Eを更に含むことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の組成物。
請求項4は、請求項1及び2と、マルチクレームである請求項3とを択一的に引用しているので、マルチ−マルチクレームと呼ばれる形式です。
請求項4にかかる発明は、請求項1の組成物を、
・成分Eを更に含む組成物(請求項1に従属)
・成分Cと成分Eとを更に含む組成物(請求項2に従属)
・成分Dと成分Eとを更に含む組成物(請求項1+3に従属)
・成分Cと成分Dと成分Eとを更に含む組成物(請求項2+3に従属)
に限定した4つの発明を包含します。
このように、マルチ−マルチクレームは、多岐にわたる限定を加えた互いに異なる複数の発明を一つの請求項として記載することができる点で、便利です。日本では、上記マルチクレームも、マルチ−マルチも、共に許されています。しかしながら、実質的には複数の発明概念を記載しているため、一つの発明概念しか記載されていない請求項と同じ料金で審査するとなると、不公平が生じるなどの考えもあります。実際、マルチ−マルチクレームが許されない国や、制限のある国があります。
欧米におけるマルチクレームの取り扱い
(1)米国
まず、米国では、マルチ−マルチクレームは許されません(35 USC 112)。
マルチクレームは許されますが、一つでもマルチクレームがあると手数料$780がかかってしまいます。また米国では、クレーム数が20を超えると追加料金がかかります。マルチクレームのクレーム数は、1クレームとしてではなく、従属する請求項の数としてカウントされます。例えば、先の例では、請求項3は、2クレームとしてカウントされます。
このように、米国ではマルチクレームがあると手数料が非常に高くなってしまいます。そのため、一般に、米国ではマルチクレームは使われません。PCTからの米国国内移行の際も、継続性移行又は補正により、マルチクレームやマルチ−マルチクレームを解消することが殆どです。
(2)欧州
欧州では、マルチクレームも、マルチ−マルチクレームも許されています。欧州では、クレーム数が15を超えると追加料金が必要となります。出願費用を抑えるために、欧州出願では、マルチクレーム及びマルチ−マルチクレームが積極的に利用されています。
中韓台におけるマルチクレームの取り扱い
(1)総括
中国、韓国、台湾では、マルチクレームは許されますが、マルチ−マルチクレームの取り扱いが異なります。簡単にまとめると、韓国では如何なるマルチ−マルチクレームも許されず、台湾では、一部例外を除いてマルチ−マルチクレームが許されず、中国では台湾よりも許される例外が多い、ということができます。
(2)中国
中国の専利法実施細則第22条では、
「2つ以上の複数クレームを引用する多項従属クレームは、他の多項従属クレームを引用することができない」
と規定されています。
そのため、例えば、
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
請求項4:成分Eを更に含むことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の組成物。
という請求の範囲の場合、請求項4は、多項従属クレーム(マルチクレーム)を択一的に引用しているので、中国では許されません。
一方、
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
請求項4:成分Eを更に含むことを特徴とする請求項3に記載の組成物。
請求項5:成分Fを更に含むこと特徴とする請求項3に記載の組成物。
請求項6:成分Gを更に含むことを特徴とする請求項4又は5の記載の組成物。
の場合、請求項6は、マルチクレームである請求項3を間接的に引用していますが、請求項4及び5はマルチクレームではないため、許されます。
また、中国では、異なるカテゴリーの発明を記載したクレーム間でのマルチ−マルチクレームは許されます。例えば、
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
請求項4:請求項1〜3の何れか1項に記載の組成物と、溶媒とを含むことを特徴とする化粧料。
の場合、請求項4は、マルチクレームである請求項3を引用していますが、許されます。
(3)韓国
韓国では、韓国特許法施行令第5条6項前半部に、2以上の項を引用する請求項で、その請求項に引用された項は、再び2以上の項を引用する方式を使用してはならない、と規定されています。そのため、韓国では、基本的に、如何なるマルチ−マルチクレームも許されません。ただ、「発明を明確かつ簡潔に記載するために2以上の項を引用せざるを得ない請求項は、2以上の項を引用する他の請求項がその請求項を引用しても例外的に認められる。」との情報もあります。これはあくまで例外中の例外と考えて良いでしょう。
(4)台湾
台湾では、以下に示すように台湾特許法施行規則第18条第5項により、マルチ−マルチクレームは許されていません。「従属クレームは,先行する従属クレーム又は独立クレームのみを引用することかができる。ただし、多数項従属クレーム間での直接又は間接の従属は認めない。」
この規則では、「多数項従属クレーム間」での従属が認められていません。例えば、
請求項1:成分Aと成分Bとを含むことを特徴とする組成物。
請求項2:成分Cを更に含むことを特徴とする請求項1に記載の組成物。
請求項3:成分Dを更に含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
請求項4:請求項1〜3の何れか1項に記載の組成物と、溶媒とを含むことを特徴とする化粧料。
という請求の範囲の場合、請求項4は日本では「従属項」ですが、台湾では「独立項」であると解釈されるという情報があります。そのため、請求項3と請求項4とは「多数項従属クレーム間」での従属と判断されない可能性があり、請求項4はマルチ−マルチクレームですが、台湾では許される可能性があります。
まとめ
このように、マルチ−マルチクレームは、便利でありながらも、米国のように許されない国もあります。不要な拒絶理由を受けるのを避けるためには、各国におけるマルチクレーム、及びマルチ−マルチクレームを理解するのが重要です。そして、最も確実な策としては、各国の特許法に精通した各国の特許事務所に問い合わせることが挙げられます。
IPアドバイザリーは各国の特許事務所とのコンタクトを取っていますので、マルチ−マルチクレームだけなく外国出願に関して疑問があればお気軽にご連絡ください。
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