今日の我々の生活を灯しているLED(light emitting diode;発光ダイオード)では、赤、緑、及び青の3色のダイオードを同時に光らせて混色し、白色を表現しています。すなわち、赤色、緑色、そして青色の発光ダイオードがなければ白色の光を表現できないのです。
この中の「青色発光ダイオード」に関し、2001年、発明者(元従業員)と企業との間で訴訟が起きました。この有名な「中村裁判」は、発明者・中村氏(2014年ノーベル賞受賞)が発明の対価をかつての勤務先・日亜化学に要求したものです。中村氏は、5万円(実際は、異例の昇進や賞与で、それなりの金額が支払われていたようです)という日亜化学からの発明の対価は、発明により日亜化学が得た利益を考慮すれば低すぎる、ということで訴訟を引き起こしたようです。結果、日亜化学が中村氏に8億4391万円を支払うことで和解が成立しました。
この訴訟では、職務発明の「相当の対価」が論点になっています。現在の特許法では、従業員と会社との予めの取り決めがある限りにおいて、特許を受ける権利は会社に帰属されます。そのため、ここでの「取り決め」における「相当の対価」の設定が従業員及び会社の双方に取って重要となります。
この記事では、職務発明に関する条文、会社員及び会社が注意すべき事項、及び諸外国の職務発明について紹介します。
職務発明に関する条文
「職務発明」とは、会社の業務範囲に属し、発明に至った行為が、会社における発明者の現在または過去の業務に属する発明をいいます。例えば、コーヒーを販売する企業において、コーヒーの商品開発に携わっていた人が新たなコーヒーを発明した場合、この発明は職務発明となります。一方、会社の業務に属する発明のうち、職務発明以外の発明を「業務発明」といいます。例えば、コーヒーを販売する企業において、コーヒーの販売営業をしている人が新たなコーヒーを発明した場合、この発明は業務発明となります。
この記事において紹介するのは、「職務発明」です。
さて、職務発明に関し、特許法では以下のように規定がなされています。
(職務発明)
第三十五条 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。
日本の特許法では、原始的には、例えば従業者である「発明者」が「特許を受ける権利」を有し、「特許を受ける権利」は、発明者から会社に譲渡することができます。一方、上記特許法35条第3項では、「契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めた」場合に限りおいて、特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等(例えば会社)に帰属することが規定されています。
そして、上記特許法第35条第4項では、従業者は、
・契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は
・契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたとき
に、
相当の金銭その他の経済上の利益(「相当の利益」)を受ける権利を有することが規定されています。
言い換えて簡単にまとめると、日本の特許法では、
(1)職務発明に係る権利は、原始的に、従業者等(発明者)に帰属するとして「発明者主義」を採用しています。
(2)使用者等(会社)側には、職務発明に係る権利の実施権を付与するとともに、予約承継を認容することにより安定的な承継を認めています。
(3)発明者側には、職務発明に係る権利を使用者側に承継等させた場合には、「相当の対価」請求権を保障しています。
従業員及び会社が注意すべき事項
特許法の規定を考慮すると、職務発明に関しては、以下のことが重要であると考えます。
(1) 使用者側(会社)にとっては、特許を受ける権利が発明完成の際に会社に正当に帰属するように、従業員と、契約や勤務規則を予め定めておくことが重要です。
(2) 発明者にとっては、会社との契約内容、及び会社で定められている勤務規則の内容を十分に理解した上で、会社との契約をすることが重要です。特に、自分にとって不当に不利益な事項がないか、契約の際にしっかりと確認する必要があります。
また、複数の発明者がいる場合には、各発明者の当該発明に対する寄与率を定める必要があります。この際も、自分の寄与率の決定については、積極的に意見を出すべきです。これは、特許法第35条第7項で、「相当の利益」の内容は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない」とされているので、筆頭発明者でなくても、貢献率は重要であるからです。
職務発明は、一人ではなく、複数人の力を合わせて完成される場合が多いです。上司や先輩からの指導があって完成できるものも少なくないと思われます。しかし、自分の仕事を客観的に正当に評価し、寄与率を検討するのも、会社という組織を発展させる上で重要な仕事になると思われます。会社側としても、寄与率の決定が不当なものであったと元従業員に告発されるなどの事態が発生するのを防ぐために、発明の寄与率が正当に設定できる環境づくりを構築するのが重要です。
諸外国における職務発明
(1) 米国
米国では、発明の所有権は基本的には発明者が有することとなっています。発明者が出願人である会社の従業員であっても同じです。そのため、米国では、職務発明者が使用者に発明を譲渡する旨を記載した譲渡書を米国特許商標局に提出しなければなりません。譲渡書を特許許可までに提出しない場合は、発明者に特許を発行することになります。基本的には、米国出願(PCTの各国移行)を米国代理人に依頼する際に、譲渡書を送るのが無難であると思われます。
(2) 中国
中国の専利法では、以下のような規定があります。
専利法 第6条
(1) 所属会社の任務を遂行し、又は主として所属会社の物質的、技術的条件を利用して完成された発明創造は、職務発明創造とする。職務発明創造の特許を受ける権利は、所属会社に帰属し、出願が登録された後、所属会社が特許権者となる。
(2) 略
(3) 所属会社の物質的、技術的条件を利用して完成された発明創造について、所属会社と発明者又は考案者との間に、特許を受ける権利及び特許権の帰属について取り決めがある場合には、その取り決めに従う。
第1項では、職務発明は原始的に会社に属することが規定されています。この点は、日米とは大きく異なります。一方、第3項では、会社と発明者との取り決めが優先されることが規定されています。
そして、専理法第16条では、「専利権を付与された会社は、職務発明創造の発明者又は考案者に対し奨励を与えなければならず、発明創造が実施された後、その普及と応用の範囲及び得られた経済的効果に基づき、発明者又は考案者に合理的な報酬を与えなければならない」と規定されています。さらに、専利法実施細則第77条では、登録時の対価が具体的に規定されています。
一方で、専利法実施細則第76条、第77条及び第78条の規定により、対価の額と支払い方法について、約束が優先される旨が記載されています。
こうしてみると、中国での職務発明に関する規定は、やや会社寄りであるとも思われます。
さて、中国では、中国で生まれた発明に関しては、中国と外国との間の技術移転を制限する「技術輸出輸入管理条例」が働くので、例えば中国現地法人が技術成果を開発した後に、外国本社に移転すると、手続きは煩雑になります。一方、例えば、現地法人を設立する際に、言い換えれば、中国現地法人が技術成果を得る前に、将来の技術成果の特許を受ける権利を外国本社に帰属させる約定を契約書に明記することで、上記条例の制限を回避することが可能となります。
つまり、中国においても、職務発明に関しては、発明が完成する前の発明者と会社との契約が重要です。
(3)特許を受ける権利等の原始的帰属
GDP1位及び2位の米国及び中国の職務発明を簡単に以上に説明しましたが、他の国を含めた特許を受ける権利等の原始的帰属を以下にまとめます。
以上の表をみると、原始的に発明者に特許を受ける権利が帰属する国はどちらかというと少数派であることがわかります。なお、欧州に関しては、EPOに出願をすることができますが、特許件自体は指定により各国において付与されるので、それぞれの国で職務発明の取り扱いが異なるようです。
まとめ
以上まとめたように、職務発明の理解、及びそれに基づいた正当な契約等は、発明者である従業員と、使用者である会社とのいずれにとっても重要です。会社及び社会の利益のために苦労して完成させた発明に関し、悲しい争いが起こることを避けることを避けることが、非常に重要であると考えます。
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