インドは、優れた情報技術(IT)の技術者の多い、IT大国として知られています。また、製薬産業や繊維産業も、世界トップクラスです。また、インドは、人口が中国に次ぐ世界2位です。それもあり、インドは、優れた技術者が沢山おり、人件費も抑えられるため、インドに工場を建設するなどの外国企業の進出も少なくありません。そういった背景で、インドでの知的財産、すなわち特許権の取得も重要となっています。実際、インドへの出願件数は、以下に示すように、米国を中心に海外からの出願が多数を占めています。これは、インドでは、海外からの企業進出の表れと捉えることができます。
インドの制度は、基本的には5大特許庁をはじめとする他国の制度と同様な部分もありますが、異なる点もあります。この記事では、インドの特許法について紹介します。
インドの特許出願フロー
以下に、インドの特許出願フローを簡単に示します。
上図において、青枠は出願人の行動、赤枠は特許庁の行動です。また、点線は任意の行動を指します。以下、フローを初めから順に説明します。
(1) 出願
[出願形態]
インドは、パリ条約及び特許協力条約(PCT)の締結国です。そのため、パリ条約に基づく優先権を主張した出願(条約出願;第135条)、及び国際出願からのインド国内移行出願(第7条(1A))が可能です。もちろん、優先権を主張せずに直接インドに出願することもできます(通常出願;第7条)。この場合、インドでは仮明細書を添付して出願する仮出願と、完全明細書を添付して出願する本出願の2つの出願様式が認められています(インド特許法第7条(4))。仮出願とは、簡易化された出願手続により優先日を確保することにより、主として研究成果などについて特許による早期の権利保護を図るための制度です。ただし、仮出願の出願日から12ヶ月以内に本出願をしなければ、出願は取り下げられたものとみなされます。
[出願形態]
インドでの特許出願の言語は、ヒンズー語又は英語に限られます。日本のような外国語出願は認められていません。外国出願をする際には、米国に出願することが多いと思いますので、米国用の明細書を利用することで十分です。
[クレーム]
インドでは、独立項の数、マルチマルチクレームの制限はありません。そのため、日本の基礎出願のクレーム構成のままで出願をすることができます。また、インドでは、ジェプソン形式のクレームが推奨されています。ジェプソン形式のクレームとは、前半部に公知の事柄をクレームの後半部に発明の特徴部分(改良点)を記載するタイプのクレーム形式です。この点は、欧州と同様といっても良いでしょう。
[出願の維持]
特許権を維持するためには、所定の納付期間内に更新手数料を納付しなければなりません(特許法53条(2))。
(2) 審査請求
インドは日本と同様に審査請求制度をとっています(特許法11B条(1))。審査請求期間は出願日(優先日)から48か月以内です。審査請求がなされない場合、見なし取り下げとなります。また、早期審査制度もあります(特許規則24C条(1))。条件はありますが、例えば、PPHを申請して早期審査を申請することもできます。
(3) 公開
特許出願の出願日(優先日)から18か月が経過すると、特許出願は公開されます。特許出願は公開される前に取下げることができます。
(4) 審査
審査請求がなされた出願は、方式的及び実体的に審査されます。
[オフィスアクション及び応答]
審査の結果は、最初の審査報告(FER: First Examination Report)として出願人に通知されます。FERの発送日は、拒絶理由解消期間(アクセプタンス期間)(6か月)の起算日になります。注意すべき点は、出願人は、拒絶理由解消期間内に特許出願が許可される状態にしなければならない(特許法21条)ことです(後述するアクセプタンス期間)。
応答書が提出されていればインド特許庁はもう一度審査を行います。拒絶理由があり、拒絶理由解消期間が経過していない場合は、2回目の審査報告(SER: Second Examination Report)が出願人に通知されます。一方、拒絶理由解消期間が経過している場合で出願人から聴聞(ヒアリング)申請があれば聴聞通知が出願人に発送される。聴聞が行われた後に、出願人に応答書(意見書、補正書)を提出する機会が与えられます。
(5) 査定
拒絶理由がすべて解消すると、特許査定(Notice of Grant)が通知されます。設定登録をすると特許権が発生します。すると、特許公報(Publication of Grant)が発行され、特許証が交付されます。一方、拒絶理由が残っている場合は拒絶査定(Notice of Refusal)が通知されます。
(6) 審判請求
特許庁の決定、指示、指令に対して不服がある場合、決定、指示、指令の通知日から3か月以内に裁判所に審判請求を行うことができます。2021年4月4日の改正特許法施行により、以前審判を取り扱っていた知的財産権審判部はその機能を失いました。
(7) 付与前異議申し立て及び付与後異議申し立て
何人も特許出願に対して、出願公開後、特許権付与前までに付与前異議申立て(特許法25条(1))を請求することができます。付与後異議申立ては、利害関係人が、特許公報発行後1年以内に請求することができます。
(8) 特許権の存続期間
特許権の存続期間は出願日(優先日)から20年です。特許権をこの存続期間維持するためには、特許権者は更新手数料を納付しなければなりません。
インドでの特許取得の際に注意すべき点
(1)外国出願規制
インドでは、中国と同様に、外国出願に関して規制があります。この制度は特許法第39条で以下のように規定されています。
(1)インドに居住する者は、原則として外国出願許可を取得しなければインド国外で特許出願を行い、またはさせてはならない。
(2)当該発明が国防目的または原子力に関連する判断した場合、特許庁は中央政府の事前承認なしに外国出願許可を付与できない。
(3)発明者および出願人の一人でもインドに居住する者であれば本法は適用される。ただし、保護を求める出願がインド国外居住者によりインド以外の国において最初に出願された発明に関しては本法は適用しない。
つまり、インドに居住するもの(インド法に基づき設立された法人を含む)の発明は、
・最初にインドに出願し、その6週間経過後に外国に出願する;または
・当局の許可を得て、インドに出願せずに外国に出願する
ことが必要です。これを守らない場合、インドでの権利化ができないほか、懲役などの刑事罰の対象となり得ます。
(2)新規性喪失の例外
インドでも、日本と同様に、新規性喪失の例外制度があります。ただし、この例外適用を受けるためには、優先日ではなく、自己の行為により公知になった日から12ヶ月にインドに対して出願しなければならないことに留意が必要です。
(3)外国出願情報の提供義務
インドでは、米国における情報開示義務(IDS)と同様の制度があります。まず、出願から6ヶ月以内に対応外国出願の特定情報を提供しなければなりません。また、対応外国出願におけるオフィスアクションの写し、登録・拒絶のクレーム(英語でない場合は英語の翻訳文も必要)を、インド特許庁からの求めに応じて提出しなければなりません。インド特許庁は各国の審査状況をよく確認しており、審査報告ではほぼ確実に要求してきます。この提供義務を怠ると、無効理由を孕むことになります。この瑕疵は、後日治癒できないので注意が必要です。
(4)アクセプタンス期間
先ほどの述べたように、インドでは最初の審査報告から6ヶ月以内に特許可能な状態としなければなりません(特許法21条、特許規則24B条(5))。特許出願が許可される状態にするというのは、全ての拒絶理由を解消するような応答書(意見書、補正書)を提出することを意味します。この期間を「アクセプタンス期間」とも言います。
このアクセプタンス期間は、のちの審査報告を受けても、延びないことに留意が必要です。例えば、FERから3ヶ月で回答し、その2ヶ月以内に後続の審査報告(SER: Subsequent Examination Report)が発行された場合、アクセプタンス期間満了まで1ヶ月となってしまいます。このアクセプタンス期間は最長3か月延長できますが、アクセプタンス期間内に特許可能な状態にしなければ出願は放棄されたものとみなされてしまうため、審査報告への回答はとにかく迅速に行うことが重要です。
(5)保護適格性
インドでは、「コンピュータプログラム」自体は特許となりません。コンピュータプログラムはハードウェアと関連付ける必要があります。
インドでの特許取得後に注意すべき点
インドでの特許取得後に注意すべき点は、特許権保持者又は実施権者に、特許の実施に関する報告書(Form 27)を毎年インド特許庁長官に提出する義務があることが、特許法146条(2)で定められていることです。この制度は、排他的権利を有する特許権者に対してインドにおける特許発明の適正な実施を促すための制度です。実施状況の報告を怠ると罰金の対象となります。また実施状況の虚偽報告を行った者には、罰金刑若しくは禁固刑、又はこれらが併科されてしまいます。この報告書は改正がなされることがあるので、最新のフォームで提出する必要があります。
まとめ
技術水準が高いこと、海外企業の進出が進んでいることなどから、インドへの特許出願数は増えています。以上に説明したように、インド特許法は独特の制度が多くあります。効率的にインドで特許権を得るには、インド特許法に精通しているインド現地代理人の協力が必要です。IPアドバイザリーでは、インドの特許事務職とも連携することができます。インドでの特許権取得をお考えの方はお気軽にお問い合わせください。