日本企業が特許出願を行う場合、多くは日本国特許庁に出願すると思われます。次いで、パリ条約に基づいて先の日本出願の優先権を主張し、外国出願をすることができます。あるいは、先の日本出願の優先権を主張して国際出願(PCT)出願を行い、PCT出願から権利化を図る国に各国移行手続きをとり、外国出願をすることもできます。そして、日本出願をせずに直接PCT出願をすることもできます。
しかし、日本出願を優先権の基礎とせず、PCT出願もせずに、海外の特許庁、特に米国に出願をすることもできます。優先権を主張せずに米国特許庁に特許出願を行うことを、例えば、米国第一国出願と呼ぶことができます。米国第一国出願は利用価値はありますが、注意すべき事項もあります。この記事では、このような米国第一国出願について紹介します。
米国への直接出願とは?
米国は、GDPが世界一の経済大国です。2021年、ダウ平均株価は、過去最高を何度も更新しており、今もなお経済発展が進行しています。そのため、多くの企業が米国で事業展開をしており、当然に日本企業からの米国への特許出願も非常に多くなっています。
日本企業が米国への特許出願を考える場合のファースト・チョイスは、まず日本出願をし、この日本出願をパリ条約に基づく優先権を主張して、米国出願をすることであると思われます。或いは、日本出願を優先権の基礎としてPCT出願を行うか、または直接PCT出願をし、このPCT出願から米国へ国内移行するという選択肢もあります。これらのルートによる米国出願は、先の出願である日本出願またはPCTの優先権を主張するものです。しかしながら、特許出願は、先の出願の優先権を主張することなく行うことができ、米国もその例外ではありません。米国特許庁に先の出願の優先権を主張せずに出願する特許出願は、米国第一国出願と広く呼ばれています。
米国に直接出願する場合のメリット
米国第一国出願を行う1つ目のメリットとしては、仮出願を利用できることであると思われます。
「米国における仮出願とは?|米国仮出願の方法およびその知財戦略」の記事で紹介したように、米国には、「仮出願」の制度があり、完全な書類を揃えることなく安価に出願をすることができます。しかも米国の仮出願は、米国において正規の国内出願とされている(パリ条約第4条A(2)及び(3))ことから、パリ条約による優先権の主張の基礎とすることができます。つまり、仮出願の優先権を主張して、米国だけでなく日本にも出願することができます。したがって、日本ではなく米国に仮出願をして出願日を確保し、その米国仮出願の優先権を主張して日本や他国に出願する、といった戦略をとることができます。
以下に、仮出願を利用することにより得られるメリットの具体例を挙げます。
(A)権利化を望む可能性がある発明をとりあえず仮出願し、出願日を安価に確保することができます。仮出願後、権利化が不要であると分かれば本出願をしないという選択肢をとることができます。この方針での権利化断念は、最初から本出願した場合よりも費用的ダメージを抑えることができます。
(B)仮出願をすることにより、権利期間を引き延ばすこともできます。
米国では、特許の存続期間が20年と定められていますが、米国特許法では、仮出願に基づく本出願の存続期間の起算日は本出願の出願日と定められています。そのため、最初に米国仮出願をして、後に適切な優先権を主張した本出願を行えば、特許の存続期間は、仮出願の出願日から21年の期間となります。つまり、直接本出願を行った場合と比較すると、1年長く特許権を存続させることができます。
(C)仮出願に対しては審査がなされないので審査包袋の作成を遅らせることができ、ひいては自身の特許出願の内容を競合他社に知られるのを遅らせることができます。出願が集中していたり競争が激しかったりする分野では、この戦略は大きなメリットがあります。
(D)仮出願を行なっても本出願が仮出願の出願日から1年間のうちに行われなければ、仮出願の内容は公開されることはありません。つまり出願人は、仮出願の出願日から1年間、仮特許出願した発明を公知とするか否かを判断する猶予が与えられることになります。 秘匿すべき発明だと分かった場合、公知としない判断をすることもできます。
(2)費用削減
米国第一国出願の二つ目メリットは、米国で実施しようとしているが、日本では実施する可能性がない発明を出願できることではないでしょうか。
特許出願にかかる費用には、出願から権利化までに、出願費用、審査請求料、拒絶理由対応などの中間処理にかかる費用、特許料の納付などが含まれ、合計すると多額の費用がかかります。そのため、日本で権利化する必要がなければ、米国のみに出願をすることで、費用を削減することができます。また、米国のみに出願した場合であっても、その米国出願の内容が公開されれば、他の特許出願の審査に先行技術として利用され得る特許文献となります。よって、日本に出願をしなくても、自社の技術の公知化が図れます。つまり、日本で実施する可能性がない発明については、日本出願をせずに米国第一国出願をすることにより、費用を削減しつつ、他社による当該技術の国内での権利化を妨害することができます。
米国第1国出願をしなければいけない状況
以上に説明したように、先の出願の優先権を主張せずに米国特許庁に「米国第一国出願をすることができます」が、「米国第一国出願をしなければいけない」状況もあります。米国特許法第184条には、USPTO長官から取得した許可により承認されている場合を除いて、米国でなされた発明については、USPTOへの特許出願から6カ月を経過する前に、外国に特許出願してはならない旨が規定されています。すなわち基本的に、米国内で完成された発明は、米国第一国出願をしなければならないのです。
例えば、日本企業の米国での研究所で、新規技術が開発された場合にも、米国第一国出願をしなければなりません。米国での現地製造の過程でなされた発明の場合も同様です。米国に出願をすると、USPTOからFiling Receiptが郵送されてきます。このFiling Receiptは外国出願許可承認の通知も兼ねているので、このFiling Receiptの受領により、184条に規定された外国出願許可が得られたことになります。一方、米国に出願をすることなく外国出願許可を得たい場合には、請願書を提出する必要があります。なお米国と同様に発明がなされた国で第一国出願しなければいけいない国としては、他に中国やインドが挙げられます。
まとめ
以上に説明したように、米国には、基礎出願なしに直接出願をすることができます。米国のみで権利化を図りたい発明については、米国第一国出願のみを行うことにより、費用を削減することができます。また、米国では、仮出願を利用することで様々な戦略をとることができます。ただし、米国でなされた発明は基本的には、「米国第一国出願をしなければならない」ことには留意が必要です。
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