ブランド、ひいてはIP(無形資産)を買収してシナジー効果を生む知財戦略(LVMHなどの例)

ブランド/IP戦略による効果
筆者は月に1回、地元石川県金沢市で開催されているスタートアップファイナンス勉強会に参加しています。勉強会では毎月、上場した企業と資金調達をした企業が紹介されます。先月は、上場したばかりのHUMAN MADEが取り上げられました。特に、同社のIP(知的財産)戦略がフィーチャーされ、ブランドの活用方法が紹介されました。
そもそも、ブランドやIPから生み出される効果ってなんだろう?と考えたときに、一言で分かりやすく説明できる人は少ないのではないでしょうか。特にこれを数字、つまり金額で表現するのは本当に難しいですね。なぜなら計算式がないから(実際にはいくつか存在しますが、実務上、汎用的に用いられることはない)。ブランドやIPから生み出される効果をわかりやすく考えることができる例として、LVMHなどのIP戦略について本記事の前半で紹介します。そして後半で、中小企業におけるブランドやIPの考え方、活用方法、買収のケースなどを取り上げます。
ブランド/IPを買収するとは?
LVMHが行っているのは、ブランド/IPの戦略的買収です。そもそも、「ブランドを買い取る」とはどういうことでしょうか?ここでいう「ブランド」は、ふわっとしたイメージではなく、実務上は主に、権利+事業上の価値(信用・顧客基盤)をまとめて手に入れることを指します。買い方によって、何を手に入れたことになるかが変わります。ブランド/IP買収について、そのパターンとともにまとめました。
- 1) 何を買っているのか(中身)
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典型的には次の「束」です。商標などの法的権利だけでなく、そのブランドが売れ続ける仕組み(事業・販路・体験・運用)を、どこまで一体で取得するかの設計です。
- 商標権(ロゴ、ブランド名、シリーズ名などの登録商標)
- 商号・屋号の使用権(会社名/店舗名の一部として使う、など)
- ドメイン名・SNSアカウント・公式サイト(運用の引継ぎも含むことが多い)
- 意匠・パッケージ・トレードドレス(外観、デザイン資産)
- レシピ・製法・ノウハウ(秘密情報としての移転)
- ブランドガイドライン(世界観、トーン、クリエイティブ資産)
- 販売網・取引先契約・チャネル(小売・代理店など)
- 顧客データや会員基盤(個人情報は法令・同意・手続きが重要)
- 従業員/チーム(ブランド運用できる人材が一緒に移るかどうか)
- 2) どう買うのか(代表的なスキーム)
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同じブランド買収と言っても、実態は主に次の3つです。
- A. 会社ごと買う(株式買収)
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ブランドを持つ会社の株を買って、会社ごと傘下に入れる。
→ 権利・契約・人・運用が丸ごとついてくるので、ブランド維持はしやすい一方、不要な負債やリスクも一緒に付いてくる。 - B. 事業だけ買う(事業譲渡)
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会社は買わず、その会社の「ブランド事業」だけを切り出して買う。
→ 欲しいブランドと関連資産を選んで取れる反面、契約や許認可、従業員の移籍など移し替え手続きが多い。 - C. 権利だけ買う(商標譲渡・資産買収/ライセンス)
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商標・ドメインなどのIPだけ買う、または使う権利(ライセンス)だけをもらう。
→ 一番簡単。ブランドの強さの源泉(販路・チーム・顧客接点)が付いてこないので、期待した効果が出ないことも多い。
- 3) よくある誤解
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「ブランドを買えば顧客が自動でついてくる」
→ ついてくるのは「権利」。顧客は「気持ち」なので、品質・体験・流通・コミュニケーションを維持できないと離れてしまう。「商標を買えば、そのブランドの評判・世界観も買える」
→ できるのは名前やロゴを使う法的権利。評判を守れる運用体制が必要。
ブランド/IPの買収事例
買収後のシナジー効果があった(成功)とシナジー効果がなかった(失敗)は、 ① 狙った相乗効果の設計が正しかったか、 ② 統合のやり方がブランド価値を壊さなかったか、で分かれます。代表例をまとめました。
シナジー効果があった(成功した)事例
| 狙い | 結果 | ソース | |
| Disney × Marvel(2009発表) | 若年男性層の獲得、映画→配信→商品→テーマパークへの横展開。 | MCUが世界興収の巨大エンジンになり、買収後のMarvel映画の累計興収が買収額(約40億ドル)を大きく上回る展開が報じられています。 | Disney to buy Marvel in £2.5 bln deal |
| Microsoft × LinkedIn(2016発表) | ビジネスSNS(人・スキル・関係)を、Microsoft 365/Dynamicsの業務フローに接続して収益化(採用、営業、広告、データ連携)。 | 発表時点でLinkedInは独立ブランドを維持しつつ、Office/Dynamicsと連携して成長機会を作る方針を明示。その後も、LinkedInとMicrosoft 365/Copilotの横串を強める組織再編が報じられています(=シナジーを出しに行く設計が継続)。 | Microsoft to acquire LinkedIn Microsoft’s LinkedIn chief is now running Office as part of an AI reorg |
| LVMH × Tiffany(2021完了) | 高級宝飾の強化、店舗刷新・ブランド再構築、LVMH流のサプライ/マーケ/不動産でテコ入れ。 | 統合が成功とされ、宝飾部門の伸長が報じられています。 | LVMH annual fashion sales surge 47 per cent on US, China |
| サントリー × Beam(2014完了) | グローバルなスピリッツ基盤(流通・販売網)を獲得し、双方のブランドを世界展開。 | 統合完了を公式に発表し、その後の業績説明でもBeam Suntoryの売上増が示されています。 | Beam Suntory completes integration of Suntory Spirits Operations |
シナジー効果がなかった(失敗した)事例
| 狙い | 結果 | ソース | |
| AOL × Time Warner(2000) | 「ネット×既存メディア」の統合で広告・配信の相乗効果。 | ドットコム崩壊+文化/統合不全で、2002年に約987億ドル級の記録的損失が報じられるなど、象徴的な失敗例に。 | AOL Time Warner Posts Record $99 Billion Annual Loss |
| Quaker Oats × Snapple(1994→1997) | 飲料ブランド拡大、既存の大型小売チャネルで伸ばす。 | Snappleの強み(小規模店中心の流通・独特のブランド文脈)を理解せず、統合で価値を毀損。$1.7Bで買って短期間で$300Mで売却。 | Los Angeles Times |
| eBay × Skype(2005) | eBayの取引にコミュニケーションを組み込み、CVR向上。 | 期待した相乗効果が弱く、評価損(write-down)を出し、最終的に非中核として切り離し。 | eBay Inc. Reiterates ‘The Truth About Skype’ |

中小企業におけるブランド/IP買収戦略
上記で、大手企業のブランド/IP買収戦略を見てきました。中小企業の場合はどうでしょうか?
中小企業でいうブランドIP買収は、単に「名前を買う」ではなく、商標・デザイン資産・販路や顧客接点・運用品質(信用)を、移転できる形でまとめて取得する取引です。中小企業は資金も人も限られるので、成功する型と落とし穴がかなりはっきり出ます。一般的な考え方と注意事項をまとめました。
- 1) 中小企業がブランドIPを買う主な狙い
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- 時間を買う:ゼロから認知を作るより早い(既存の指名買い・レビュー・流通棚を取りに行く)
- 粗利を買う:同じ機能でもブランドで価格が守れる
- 販路を買う:ブランドが入っている小売・代理店・EC順位を引き継ぐ
- 海外/新領域に入る足がかり:自社名では通りにくい市場で入口を得る
- 2) 買収スキーム(何をどこまで取るか)
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中小企業はここを間違えると、買ったのに伸びません。
- ① 株式買収(会社ごと)
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ブランド運用の人・契約・SNS運用・仕入れ先まで丸ごと。
反面、負債や潜在リスクも一緒に付いてくる。 - ② 事業譲渡(ブランド事業だけ切り出し)
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ほしい資産だけ取れるが、契約の承継・従業員移籍・許認可など移し替えが多い。
- ③ IP資産の譲渡(商標・ドメイン等だけ)
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簡単であるが、販路・チーム・顧客接点が付かず空のブランド名になりやすい。
- ④ ライセンス(使う権利だけ)
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初期投資を抑えられるが、品質管理(コントロール)と終了時の扱いが難所。
- 3) ブランドIPとして最低限セットで見たい対象
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- 商標(文字、ロゴ、シリーズ名、海外出願状況、更新)
- ドメイン・SNS・ECアカウント(引継ぎ可能性、利用規約上の名義)
- パッケージ・デザイン資産(意匠・著作物・制作権利の帰属)
- レシピ・製法・顧客リスト等(営業秘密として管理されているか)
- 販売チャネル契約(主要卸・小売・モール・代理店の継続条件)
- 品質・クレーム・レビュー(ブランド信用の実体)
- 4) デューデリ(買う前に必ず確認すること)
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中小のブランド買収で詰むのは、ほぼここです。
- 権利の名義・有効性
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- 商標の権利者が本当に売り主か(子会社/個人名義/関連会社名義が多い)
- 拒絶・異議・無効・取消のリスク(特に不使用取消)
- ロゴやパッケージの制作物が外注のまま権利未譲渡になっていないか
- 実運用の継続性
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- 主要取引先が契約上、承継できるか(事業譲渡だと承諾が必要なことが多い)
- SNS/モールのアカウントが譲渡不可扱いになっていないか(実務上は運用移管で対応することも)
- 信用の裏付け
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- リピート率、返金率、規格不適合、炎上履歴、レビュー操作の有無
- 5) 価格の考え方(中小向けに現実的)
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- ロイヤルティ免除法(Relief-from-royalty):そのブランドを使うなら本来払うはずのロイヤルティ×売上×期間
- 超過収益法:ノーブランドと比べた上乗せ粗利を現在価値化
- 簡便法:直近利益(または粗利)×倍率(ただし、販路と品質が移るかが前提)
★中小企業では、ブランド名より販路・運用・品質の移転が確実か、で倍率が大きく変わります。
- 6) 契約で押さえる条項(ここが保険)
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- 表明保証:権利帰属、侵害不存在、係争、使用実績、不使用取消リスク
- 補償(インデム):第三者クレームが出たときの負担
- 移転対象の明確化:商標、ドメイン、デザインデータ、金型、レシピ、顧客DB、運用マニュアル等を一覧で特定
- 移行支援(TSA):一定期間、売り主が運用を手伝う(EC運用・仕入れ・CSなど)
- 競業避止/引抜き:日本では過度だと無効リスクがあるので、合理的範囲で設計
- 7) 買収後にシナジーを出す「統合の型」
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- ブランドは当面いじらない:品質・世界観・チャネルは急に変えない(信用毀損が最大の損失)
- 裏側だけ統合:調達、物流、会計、広告運用、CRM、法務を統合して利益を出す
- SKU整理は段階的:売れ筋核だけ守って、周辺からテストして削る/足す
無形資産≒VRIO要素
冒頭に書いたスタートアップファイナンス勉強会で聞いたことですが、ブランド/IP戦略においてM&Aすると、株価はほぼ確実に上昇するそうです。ブランド/IPの価値に基づくモメンタムということですね。上場企業の場合は、企業価値の上がり下がりが伴うので、ブランド/IPもわかりやすく見えるかもしれません。未公開の中小企業の場面とつながりにくいかもしれませんが、次の事例を考えてみましょう。
先日訪問した会社で聞いた話です。そこは部品メーカーで、上流メーカーに対して製品を提案しようとしていました。同業他社のなかで、良い部品を作っているが規模も小さく、その部品をあまり販売できていない部品メーカーがありました。提案しようとしている部品メーカーは、販売できていない部品メーカーの技術をライセンスしてもらい、製品ラインナップを増やして上流メーカーに提案することを検討していました。「他社の優れた技術力×自社の優れた販売力」の例ですね。うまくいけば三方よしの結果になるでしょう。
上記のパターンで、ブランド/IPの部分はどこに潜んでいるかを考えます。優れた販売力を持っている部品メーカーの立場から見ると、優れた技術力を持っている部品メーカーの「技術力」が、ブランド/IPになります。技術力には、特許だけでなく、それを開発できたリソース(設備、人材など)も含まれます。反対に、優れた技術力を持っている部品メーカーの立場から見ると、優れた販売力を持っている部品メーカーの「販売力」が、ブランド/IPになります。販売力には、顧客情報、販売チャネル、営業人員なども含まれます。
中小企業におけるブランド/IP、つまり無形資産の考え方は難しいのですが、単に、商標が伴う製品名などだけでなく、まわりから見て、いいな、まねしたいな、自分の会社もあんなふうだったらいいな、とか、いわゆるVRIO分析に出てくるような要素と考えると分かりやすいと思います。



